『1984年のUWF』の波紋と佐山聡の「恐るべき先見性」を語ろう

平野啓一郎×柳澤健【特別対談・前編】
現代ビジネス編集部 プロフィール

どこまでがリアルで、どこまでがフェイクか

柳澤 ありがとうございます。証言を載せる・載せないについては随分といろんな意見をいただきましたが、まず前提として、プロレスと他の題材とは決定的に違う点があります。それはボクシングや空手や柔道なんかと比べて、圧倒的な情報量があることです。週刊で刊行されていたものを例にとっても、2005年くらいまでは『週刊プロレス』『週刊ゴング』『週刊ファイト』と、一週間で3誌も専門誌が出ていた。これって凄いことですよね。

平野 確かに(笑)。

柳澤 たとえば平野さんが「小学校時代の話を教えて下さい」と訊かれたとします。中1のときに訊かれれば、去年の話だから記憶は鮮明ですよね。でも40代になった現在の平野さんなら記憶は当然曖昧でしょう。「柳澤は選手に話を聞かない」という批判があるけれど、当時の選手たちが言ったことは、その頃の専門誌にも東スポにもたくさん出ていて、当然僕もそれはひと通り調べています。僕だって国会図書館に行くよって話で(笑)。

平野 よくわかります。

 

柳澤 当時の証言に信ぴょう性がないのかといえば、むしろ逆でしょう。生々しい記憶を語っているんですから。それで、当時の選手・関係者たちの証言を拾い集めて、それをもとに原稿を書いている。

たとえば僕は、この本の中で、船木誠勝の自伝(2003年発売の『船木誠勝の真実』)からいくつか文章を引用しています。そうしたら、船木誠勝本人が最近受けたインタビューの中で、『1984年のUWF』について聞かれて、「それは全然違いますよ」と言ったらしい。あの本(『船木誠勝の真実』)に書かれていることは事実とは違う、と否定するんです。自分の名前で出した本なのに「あの本はまだ読んですらいません」と言ったとか。松本伊代じゃないんだから(笑)。

そうやって否定されてしまえば、いくら過去の資料を調べようと、何が本当で何が本当じゃないかわからなくなるでしょう。では、現在、彼らに話を聞けば正しい答えが返ってくるのか。僕は大いに疑っています。当然そこには記憶の錯誤があるでしょうし、自分の都合のいいように解釈をゆがめることもあるはずです。

柳澤健 1960年東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒業後、メーカ勤務をへて文藝春秋に入社。『週刊文春』『スポーツ・グラフィック・ナンバー』などに在籍。退社後の2007年『1976年のアントニオ猪木』を発表。以後、『1964年のジャイアント馬場』『1985年のクラッシュ・ギャルズ』、そして『1984年のUWF』など、数々のノンフィクション作品を発表している。

平野 確かにプロレスの世界の本を書くのは難しいだろうな、とは僕も思います。どこまでがリアルでどこまでがフェイクか、もしかしたら選手本人の中でもわからなくなっているところがあるんじゃないだろうか、と。いまだに話せないこともあるだろうし、もちろん記憶の問題もある。佐山さんと以前にお話しさせていただいた時に、格闘技とプロレスの問題だけじゃなくて、マスクマンの複雑さも感じました。

柳澤 おそらく、それは彼らが多少なりとも後ろめたい思いをもっているからでしょうね。第1次UWF、新生UWFのいずれも、真剣勝負を謳いつつ、結局はプロレスだったわけですから。それを段階的にでも格闘技にしていこう、と試みた佐山聡は偉大ですよ。でも、自分がやっていたのはあくまでもプロレスなわけで、その埋め難いギャップについての後ろめたい思いが、佐山さん自身にもあっただろうと。

平野 なるほど、それはあったかもしれませんね。あと、単純に情報として、その時は知らなかったことをあとで知ることもありますから、そうなると時代が下ってからの証言の方が真相に近いこともあるでしょう。それが一概に言えないところが難しい。

柳澤 新生UWFについても言っておくと、表向きは「真剣勝負」ということになっていた。実は前田日明は過去のインタビューを読んでも、新生UWFがプロレスか真剣勝負かについては、あまりはっきりとは言っていない。なるべく嘘はつきたくないんでしょう。でも、ふとしたときに「真剣勝負だ」と口にしていたのも事実。

その後ろめたさがあるから、彼らは時が経っても本当のことを話せない。たとえば、これが全日本プロレス系のレスラーなら、そうはならないんです。もし小橋建太が今、そういうインタビューを受けたとしても、自分がやっていたプロレスを「格闘技だった」なんて間違っても言わない。

平野 それはそうですね。

柳澤 人間って、生まれたときから今まで地続きじゃないですか。でも、船木誠勝みたいに、過去に自分が言ったことを、簡単に引っくり返す人もいる。それってどういうことかっていえば「あれはなかったことにしたい」っていう気持ちの現れではないでしょうか。

平野 ちなみに柳澤さんは、「新生UWFが真剣勝負ではない」とはっきり知ったのはいつですか?