実父が蒸発…『ひよっこ』沢村一樹の知られざる「極貧」少年時代

鹿児島に住む実妹が初めて明かす
週刊現代 プロフィール

19万円握りしめて上京

高校卒業後、俳優を志し、芸能界を意識するようになったのは、母の影響もあったという。

「若い頃の母は美人で、近所でも評判だったみたいで、芸能界に憧れがあったようです。それを兄に託したのかも。母は兄に身体的な長所を生かした仕事をしてほしいと考えていた。兄はバレーボールをしていたので実業団か、俳優かという感じでした」(真美さん)

鹿児島にいても何も始まらない。沢村は、東京に出ることを決意。上京の資金を貯めるためアルバイトに精を出した。

真美さんが続ける。

「コンビニやレンタルビデオ屋でアルバイトをしていました。兄は映画好きだったので、ビデオ屋は合っていたようです。エッチなビデオ?その辺はどうでしょうね。見ていないはずはないと思いますけど(笑)。

相変わらずモテていましたけど彼女はいませんでした。おカネもなかったし、友達といるほうが楽しかったのかも」

父は沢村が19歳の時に、他界する。

「すでに疎遠になっていたので、驚くこともありませんでした。兄も私も自分たちの生活で精一杯でしたから」

20歳になった沢村はバイトで貯めた19万円を握りしめて上京。ところが、東京で住まわせてもらう約束だった友人と連絡が取れず、初日は公園で野宿するはめになったと、後年、沢村自身が明かしている。

上京後、バイト先のライブハウスのお客の紹介で入ったのはモデル事務所。スタイルの良さを生かし、男性ファッション誌『メンズクラブ』の専属モデルとなった。生活は安定した。だが「本当にこれでいいのか」と自問自答する日々が続いたという。

モデルから役者へ――収入は5分の1になったが、念願叶い『続・星の金貨』('96年)で俳優デビューしたのは29歳の頃だった。その後、33歳で『浅見光彦シリーズ』(TBS)の主人公に抜擢される。当時、浅見シリーズのプロデューサーを務めた矢口久雄氏が語る。

「俳優としては遅咲きですよね。でもその分、勉強熱心でした。浅見シリーズはベテラン俳優が多いので、そこで揉まれて成長していった。

少年時代、貧乏だった話は本人から聞いていましたが、そんな雰囲気は微塵も感じなかった。彼の演技には『品』があるんです。普通おカネに苦労した人間は、もっとガツガツした部分が演技に出てしまうんだけど、彼は本当にピュアで真っ直ぐでした」

 

順風満帆に見えた俳優人生――だが、本人の中には40歳を前にして焦りもあったという。オファーされるのは、二枚目役ばかり。

危機感を感じた沢村は、バラエティで下ネタを初披露。この奇策が予想以上の反響を呼ぶ。'06年、NHKのコント番組、『サラリーマンNEO』で「セクスィー部長」に扮し、視聴者の心を掴んだ。