「ゴミ屋敷」や「だらしなさ」は病気か? なんでも医療化の功罪

新しい病気が次々生まれている…
美馬 達哉 プロフィール

私たちは消費社会の中に生きている。

それは、流行遅れの服を着たり、古い車に乗ったり、旧型スマホを使ったりすることは、恥ずかしく良くないと伝える広告に囲まれて暮らしている、ということだ。

その一方、私たちは、ポイ捨て社会が持続可能ではないことにも気づいていて、リサイクルや「モッタイナイ」を標語としている。

だとすれば、ゴミ屋敷の住人たちは、「次から次へものを消費せよ」と「ものを大事にせよ」という矛盾したメッセージの両方を守ろうと必死に努力する現代社会の犠牲者なのではないか。

ため込み症は、無駄を惜しんだり、もう使われなくなったものを大切にしたりする気持ちと地続きなのだから。ゴミ屋敷は消費文明批判だ、と大上段に構える必要は無い。

だが、ためこみ症を個人の中に存在する病気と見ることをやめて、現代社会のあり方を反省するきっかけにしてもよいとは思う。

〔PHOTO〕gettyimages

ため込み症に関連する病気の数々

ため込みそのものは、さまざまな病気や障害でみられる。

医療化に積極的な専門家たちのようにわざわざ純粋な「ため込み症」という新しいブランドを別に作る必要があるのか、という点も少し気になる。

関連した病気を列挙しておくので、みなさんも考えてみてほしい。

 

完璧主義者(強迫性人格障害)は、頑固でけちで品物を捨てようとしないこともある。だが、ため込み症のように必ずしも片付けられない訳ではないし、もの集めそれ自体にポジティブな感情を持っているわけではない、とされる(だからため込み症と区別される)。

注意欠陥・多動障害(ADHD)の中で注意欠陥の強い人々は、持ち物を散らかし、無くし、忘れて、片付けることができず、約束に遅れることで知られている。だが、ため込み症のように買ったり拾ったりしてものを積極的に集めるわけではない、とされる。

買い物依存症の人々は、必要ないものを入手して家をものであふれさせることがある。だが、他人にあげて手放しても苦痛ではない、とされる。

セルフネグレクト(自己放任)の人々は自分で自分の世話をしなくなり、ゴミや食べ物かすに埋もれ、ゴミ屋敷で孤立死することもある。だが、ゴミを捨てないだけで、もの集めにポジティブな感情を持っているわけではない、とされる。