「フィリピンパブ嬢のヒモ」だった僕が結婚し、子供が産まれるまで

僕は日雇い労働へ、嫁は臨月までパブで働く
中島 弘象 プロフィール

ミカちゃんのママと私は戦友だから

ミカも妊娠したばかりの頃は、病院に行くときも全て僕任せで頼りなかったが、今では、堂々と看護師と話をしている。わからない言葉があれば「もう1回言ってください」、大事な書類があれば「後で旦那さんに読んでもらうので、どういう書類か教えてください」と自分がわかるまで説明を求める。

「なんかすごい自信ついたね。あれだけ大変な思いしたから、今は何でもできると思ってるよ」

そんなミカの姿を見て逞しく思えた。

 

1週間後、退院した日の夜。ミカの姉の家でパーティーを開いた。テーブルに並ぶのは、酸っぱいスープのシニガンや豚肉を醤油で煮込んだアドボというフィリピン料理だ。

僕の両親も来て、一緒にパーティーに参加する。子供が出来たと報告した時は呆れていた母だったが、すっかり初孫に夢中だ。

「ミカちゃんのママと私は戦友だと思ってるから!」

そう言いながら言葉の通じない2人の母は目を合わせながら笑っている。

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子供が生まれたことによって、僕の家族とミカの家族が1つの家族になった気がする。特に出産に立ち会ってくれた母同士の絆は深まったようだ。

日本とフィリピンの両方の国にルーツを持つ僕たちの子供。これからもフィリピンの家族との間の送金問題、我が家の経済事情、育児などいろんな問題はあるだろう。けれども、そういった問題を乗り越えて、両方の国の文化を教えながら、2つの国にルーツがあることを誇りに思えるよう、大事に育てていきたい。

フィリピンパブを研究するうちに、パブ嬢と付き合うようになった著者が見た「驚きの世界」をユーモラスに描く、前代未聞、ノンフィクション系社会学。