「フィリピンパブ嬢のヒモ」だった僕が結婚し、子供が産まれるまで

僕は日雇い労働へ、嫁は臨月までパブで働く
中島 弘象 プロフィール

しかし、妊娠28週目。ミカは妊娠糖尿病と診断された。ミカの叔母は2年前に糖尿病で亡くなっており、母親も血糖値が高いと診断されているため、遺伝的に糖尿病になりやすい体質なのかもしれない。それに加え、家で食べる食事は、味が濃く脂っこいフィリピン料理ばかりで、血糖値が高くなるのも当然といえば当然だった。

妊娠糖尿病になると、流産や早産、赤ちゃんが巨大児になってしまう可能性があるという。

ミカは食事療法を始め、今までのような濃い味付けのフィリピン料理は禁止。

毎食2時間後に、指に針を刺して血を取り、血糖値を測定。 

2週間に一度の通院が必要となった。

「甘いものが食べたい!! 甘い物見るだけで頭がおかしくなりそう!!」

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今まで濃い味付けに慣れていたミカにとって、薄味中心の食事は辛そうだった。

出産に向けて、毎日1時間の散歩も日課になった。ミカの母も一緒に歩くようになった。僕も時間があるときは一緒に、近くの神社や、堤防を3人で冗談を言い合い笑いながら歩いた。ミカの妊娠中に大きな喧嘩もあったが、フィリピンパブ嬢のヒモだった僕が結婚し『送金地獄』にハマるまで」参照フィリピンへの送金問題もなんとか収まり、散歩を通じて僕もミカの母親との距離が縮まった気がした。 

ミカのお腹は日に日に大きくなり、出産予定日である2017年7月を迎えようとしていた。

 

陣痛が起こるも帰され続ける

出産予定日、7月上旬の朝4時。

「ねぇ。お腹痛い」

隣で寝ているミカが苦しそうな顔をしている。陣痛が来た。

急いで病院に行き、内診を受けるが、「まだまだ時間かかりそうだから、お家で待機していてくださいね」と帰される。

僕は病院から帰ると、すぐに日雇い仕事に出た。

夕方、仕事から帰るとミカは顔をしかめながら座っている。

「まだ産まれそうにないね。もっと歩かないと」

ミカの母と姉がミカにアドバイスをする。

僕はミカの手をとって、外に歩きに出た。

「早く産まれてほしいな。めちゃめちゃ痛いもん」

「もう少しだ。頑張れ!」

僕は辛そうなミカを支えながら一緒に歩いてあげることしかできなかった。

日が変わった、夜中2時。陣痛が強くなり、再度病院に行くが、「まだまだ時間かかりそうね」と再び帰される。

「なんかあったらすぐ帰ってくるからね。頑張ってね」

朝、僕は日雇いの仕事に出る。

夕方、家に帰るとミカは顔をしかめながら。「うぅぅぅ。はぁーはぁーはぁー」と唸っている。僕はミカの腰をさすることしかできない。

「破水した」

午後9時。破水したため、ミカは入院となった。入院用の荷物を持ち、車で病院まで向かった。

夜中、ミカは「あーー!! うぅぅ……」と唸り、僕は「頑張れ。頑張れ」と腰をさする。

時間が経つごとに陣痛の間隔は狭まり、1分おきに陣痛が来る。