読売新聞の米報道官辞任記事は「フェイク・ニュース」なのか!?

真実と虚偽の二者択一を放棄する興奮
寺田 悠馬 プロフィール

改めて記事を読み返すと、次に注意を引くのは「女優」の一語である。スパイサー氏を演じる俳優の性別を特定しつつ、それがメリッサ・マッカーシーであることを伏せたままにする言葉の選択には、なんらかの意図があるとも考え得るからだ。

しかし、「サタデー・ナイト・ライブ」の物まねが異性によって演じられたことが、あるいは大統領の逆鱗に触れて、スパイサー氏の進退に影響を及ぼした事実は、少なくとも筆者が調べ得る限りにおいて確認できない。また読売新聞の記事も、そのような説話を明示的に提示しているわけではない。

さらに、昨シーズンの「サタデー・ナイト・ライブ」において、異性による物まねの対象となったのは、スパイサー氏の他にもセッションズ司法長官がいたことを思い起こすと、「女優」の一言が、報道官の辞任と特別な関係にあるとは考えにくいのだ。

背景に想像を巡らせる自由

いささか唐突な印象を免れない「NBCの人気コメディー番組」に関する一文は、なぜ挿入されたのか?「サタデー・ナイト・ライブ」の物まねと、スパイサー氏の辞任との間に、直接的、あるいは間接的な因果関係を示唆する読売新聞の記事は、「フェイク・ニュース」なのだろうか?

だが我々は、率先してその二語をつぶやくことで、「真実」との同盟関係を主張してしまう誘惑に抗いたい。表象行為の不完全性を自覚する我々は、真実とも虚偽とも断じ得ない曖昧さを積極的に肯定して、その背景に想像を巡らせてみたいからだ。

 

差し詰めそのような読書体験に身を任せてみると、一つの仮説が浮上する。

つまり、「NBCの人気コメディー番組」に言及する一文について、これまで退けてきた推論は、じつは現実に肉薄しているのではないか?

「サタデー・ナイト・ライブ」が「痛烈に皮肉った」こと、そして、物まねを演じたのが「女優」だったことが、本当に大統領の逆鱗に触れ、スパイサー氏の辞任に繋がったという説話が、成立しうるのではないか?

そこで我々は、この大統領が、一端のバラエティ番組に過ぎない「サタデー・ナイト・ライブ」を、わざわざ真正面から非難するのも辞さない人物であることを思い出す。

「NBCニュースもダメだけど、サタデー・ナイト・ライブは最悪。面白くない、キャストは下手、狙い撃ちばかり。最悪のテレビ番組!」といった氏のつぶやきから伺えるのは、風刺行為に対する著しい許容度の低さである。

同時に我々は、大統領がこれまで女性差別的な発言を繰り返し、就任式の際には、一部女性ダンサーがパフォーマンスへの参加を拒否するに至った経緯を思い出す。

これらを鑑みると、側近の一人にあたるスパイサー氏が、「女優」によって「痛烈に皮肉」られたことを許しがたく思った大統領が、氏を辞任に追いやったという説話が不意に姿を現し、排除しきれない可能性としてその場に留まる。

さらに、直近で、大統領がセッションズ司法長官を公に非難し始めた事実に照らすと、「女優」によって物まねを演じられたというスパイサー氏との共通点が、あまりにも都合よく調和する形で浮上してくるのだ。

無論、こうした説話が「真実」であるか否か、また、読売新聞の意図と共鳴するものか否かは、さして重要ではない。ここで指摘しうるのは、読売新聞の紙面に残された曖昧さを積極的に肯定することで、我々が、その背景に想像を巡らせる自由を得たことに尽きている。

そして、このような読書体験に伴う興奮は、一方で「偽りのニュース」が、もう一方で「真のニュース」が存在するかのような貧しい二元性の中では、決して生き延びることを許されないのだ。

寺田悠馬 (てらだ・ゆうま)
1982年東京生まれ。株式会社CTB代表取締役。ゴールドマン・サックス証券株式会社、国外ヘッジファンド、株式会社コルク取締役副社長を経て現職。コロンビア大学卒。著書に『東京ユートピア 日本人の孤独な楽園』(2012年)がある。Twitter: @yumaterada