日本には「教育無償化」が本当に必要なのか? 徹底図解で考える

「勘と経験」で政策を決める危うさ
畠山 勝太 プロフィール

文系より理系、男より女が「ハイリターン」

政府が公教育投資を行うべき理由はあるわけだが、もちろんすべての教育投資が望ましい結果を導くわけではない。では政府が優先すべきリターンの高い教育投資とはどのようなものであろうか?

一つ目の特徴は教育の質への投資である。人は学校教育だけからではなく、労働や日常生活を通じても知識や技能を習得する。

それでも学校教育を受ける価値があるのは、労働を通じた知識や技能の習得よりも、より効率的にそれらを手にすることができたり、労働からでは得ることが難しいそれらを手にできたりするからである。

つまり、質が低く、労働市場で求められているスキルと関連性が薄い教育であるならば、それを受けずに労働に従事した方がましな場合も出てくる。

上の図は、国民の平均教育年数が増えただけではそれが国の経済成長には結びつかないが(左)、国際学力テストの結果に表されるような学習成果の高さこそが国の経済成長に結びつく(右)ということを示している。

このため、むやみやたらに教育へのアクセス拡大を図るような教育投資を行うよりも、確実に質の高い教育を提供できるような教育投資を実施することが高いリターンへとつながる。

二つ目の特徴は貧困層に対する質の高い就学前教育への投資である。人間の脳や免疫機能の発達は母体に宿った時から始まり、小学校に入学するまでに急激に進む。

つまり、この時期は認知・非認知能力の双方から、小学校入学以降に学習が円滑に進むための土台が形成される時期である。このため、この時期に栄養不良を経験すると脳の発達に悪影響があり、生涯を通じて影響し続ける。

元々適切なケアを受けている子供に対してこの時期に英才教育を施しても脳の発達が2倍や3倍になるわけではないが、貧困層の子供は適切なケアを受けられていないケースが多く、これをカバーするような就学前教育は高いリターンを生み出す。

この分野の研究はノーベル経済学賞受賞者のヘックマン教授を中心に進められており、それによると、貧困層を対象にした良質な就学前教育の収益率は13%にも上るとされている。

 

三つ目の特徴は科学・技術・工学・数学に代表される理数系(STEM系)教育への投資である。

日本では理系と文系ではそれほど給与の差が大きくないとするデータもあるが、人材の移動が盛んになったグローバル化した現代において、諸外国ではSTEM系の技術や知識を持つ者の平均給与は高いため、日本の技術者の海外流出も時折話題になるようになってきた。

上の図は、ジョージワシントン大学が実施した卒業学部別の中位数年収を分析した結果である。図から読み取れるように、アメリカでは高卒と大卒の賃金格差よりも、大卒の中での卒業学部別の賃金格差の方が大きなものとなっている。

例えば、工学や建築系の学部を卒業した者の収入は、教育学部・社会福祉系学部・人文科学系学部を卒業した者の収入の倍近くにもなる。

これは、STEM系学部の卒業生が、生産性が高く労働者の平均賃金も高い産業へ就職していることが関係するが、同じ産業内でもSTEM系学部の卒業生の平均賃金が高い傾向が見られることから、STEM系学部で身に付ける数的処理などの能力がより高い生産性に結びついていることも示唆している。

四つ目の特徴は女子教育への投資である。表1が示すように、世界的に女子教育は男子教育よりも私的収益率が若干高い傾向がある。

男性の大学進学は平均コストが1400万円、平均リターンが5200万円になると前述したが、女子は高卒と大卒の賃金差が6300万円と男性のそれより大きく、日本でも女子教育の私的収益率は男子のそれよりもやや大きくなっている。