靖国神社・元ナンバー3が告発した「靖国が消える日」の真意

いよいよ戦没者慰霊の場でなくなる…?
島田 裕巳 プロフィール

薄れゆく「戦死・戦病死者の慰霊施設」の記憶

ここで亀井氏が、靖国神社が宗教法人であることに言及している点は重要である。宗教法人であるということは、民間の宗教団体だということである。

戦前の靖国神社は陸軍と海軍とが共同で管轄する国の施設だった。当時は、神社は一般の宗教とは区別され、宗教とは見なされていなかったため、国が管轄することが可能だった。

それが、太平洋戦争の敗戦によって、国家と神道とが結びついた「国家神道」の体制を解体することを求められ、それによって靖国神社は民間の一宗教法人となったのだった。

当初、靖国神社は官軍の戦没者を祀る神社として誕生したが、やがて日本が日清、日露戦争などの対外戦争に打って出るようになると、そうした戦争の戦没者を祀るようになり、それで国家の施設としての性格をより強く持っていった。

そうした性格を持つ施設が民間の一宗教法人になったことは、その後、さまざまな問題を生むことに結びついた。

 

戦没者の遺族が会員となった日本遺族会が、110万世帯の会員を抱えていた時代に、靖国神社の国家護持の運動が盛り上がったのも、その矛盾を解消するためだった。

しかし、戦後の日本国憲法では、政教分離の原則が確立され、しかも、神社もまた宗教と位置づけられるようになった。だからこそ靖国神社も宗教法人となったわけである。

その点で、国家護持は到底かなえられないことで、事実、国家護持をめざした靖国神社法案は上程されたものの、可決はされなかった。

神社にして神社に非ず、宮司が好き勝手にできる

しかも靖国神社は、単立の宗教法人で、神社界の総元締めである神社本庁の傘下にはない。徳川宮司は宮司経験があるが、A級戦犯を合祀したときの松平永芳のように神職の経験がない人物が宮司になることが多いのも、それが関係するだろう。名家の一員であるかどうかが一つの基準になっているように思われる。

そのため、靖国神社の側は、国の意向や神社界の意向をくむことなく、その方針を独自に決定することができる。

しかも、靖国神社を支える崇敬奉讃会は、戦争を経験した人間はもちろん、戦没者の遺族さえ少なくなり、その分、発言力を失ってきているようにも見える。

となれば、宮司個人の意向で、靖国神社のあり方を変えることが可能である。実際、みたままつりにおける露店の中止は、その具体的な現れであり、『靖国神社が消える日』の著者は、その点を強く危惧している。

賊軍の合祀などといったとき、それを一般の国民が判断するとすれば、それに反対する人はほとんどいないのではないだろうか。官軍と賊軍を区別しなければならないなどという感覚を持っている国民が相当数存在するとは思えない。

合祀されたA級戦犯の分祀について、靖国神社はそれは不可能だとしてきた。だが、膨大な数の戦没者を祀る靖国神社の祭祀の仕方は他に例のないもので、分祀が不可能だとは思えない。要は靖国神社の意向次第だ。別のところにA級戦犯を祀る神社を創建し、そこに遷座させるという方法なら無理なく分祀ができるだろう。

そもそも、A級戦犯は戦場で亡くなったわけではなく、靖国神社の合祀基準から外れている。昭和天皇の合祀に対する不快感も、それが関係している。

靖国神社が現在のままなら、首相の参拝も、天皇の参拝も難しい。そして、戦争を直接知る人間も消滅し、靖国神社への関心も年々薄れていく可能性がある。安倍首相が退任すれば、それに拍車をかけることになる。

靖国神社の前身、東京招魂社の創建は1869年のことで、再来年、創立150周年を迎える。これを、靖国神社の将来の姿について改めて考え直す契機にするしかないのではないだろうか。