靖国神社・元ナンバー3が告発した「靖国が消える日」の真意

いよいよ戦没者慰霊の場でなくなる…?
島田 裕巳 プロフィール

「討幕の志士の神社」の宮司に徳川将軍の子孫が

現在の靖国神社の宮司は徳川康久氏である。徳川という姓が示しているように、江戸幕府最後の将軍である徳川慶喜の曾孫にあたる。徳川宮司は、石油会社に勤務していたものの、退職後は芝東照宮に勤務していた。東照宮は、言うまでもなく、初大将軍の家康を祭神として祀る神社である。

考えてみれば、靖国神社の宮司に徳川将軍家につらなる人物が就任するのは奇妙である。

というのも、靖国神社は、徳川幕府を打倒して明治政府を樹立した「官軍」の戦没者を祀る「東京招魂社」としてはじまったからである。

したがって、戊辰戦争で敗れた会津藩や奥羽越列藩同盟などの旧幕府軍、西南戦争で死んだ西郷隆盛など、いわゆる「賊軍」は祀られていない。

徳川将軍家の場合には、大政奉還を行い、江戸城を明け渡しているので、賊軍の扱いはされず、明治時代に生まれた華族制度では、華族のなかでもっとも地位の高い公爵に列せられた。

しかし、よりによって、なぜ徳川将軍家の末裔が靖国神社の宮司なのかは、理解が難しい。

過去の権威は何でも入れてしまえ

実際、著者によれば、徳川宮司は2016年の正月、職員に対する年頭挨拶のなかで、「理念の見直しの必要性」に言及したという。未来を見据えたとき、「まず靖国神社創立の原点に返り、その理念を見直すことも必要でしょう」というのである。

この年頭挨拶でのことばが重要な意味を持つことになるのは、その年の10月12日、亀井静香元金融担当大臣や石原慎太郎元東京都知事が靖国神社を訪れ、徳川宮司に対して、賊軍とされた戦没者の合祀を申し入れたときである。

 

その際の申入書では、「西郷南州や江藤新平、白虎隊、新撰組などの賊軍と称された方々も、近代日本のために志を持って行動したことは、勝者・敗者の別なく認められるべきで、これらの諸霊が靖国神社に祀られていないことは誠に残念極まりないこと」だとされていた。

ただ、徳川宮司は、この申し入れに賛意を示したわけではない。それ以前に行われたインタビューでは、明白に賊軍合祀は「無理だ」と語っていた。

それでも、亀井氏が、申し入れをする前、2014年の夏に靖国神社を訪れた際、宮司に「賊軍が祀られていないのはおかしい」ということばを投げかけたところ、宮司は「私もそう思う」と答えたという。それに対して、亀井氏は「宗教法人は政府なんか関係ないんだから、ちゃんとした御祭神をお祀りしたら良いと思いますよ」と促したという。