2017.08.05
# 幾何 # 数学史

「数学界のレディー・ガガ」が大臣になる、フランス社会の奥の深さ

日本社会にも、もっと数学を!
宮岡 礼子 プロフィール

数学は「計算」じゃない

通常、数学では、まず用語を定義することから始まり、論じる場を特定し、仮定結論証明と厳密な議論を重ねていきます。「数学は計算」と思っている方もおられるかもしれませんが、数学を学ぶ真の理由をあえていうならば「論理的思考のドリル」です。これを身につけておけば、社会に出てからも種々の場面で正しい判断ができるようになるでしょう。

小学校の幾何では、補助線を引くことによる命題の証明をしたことがあると思います。これがもっともプリミティブな「論理的思考」の勉強です。仮定、結論、証明の考え方は、中学時代の数学の授業で繰り返し強調されていたはずです。

平面幾何、あるいはユークリッド幾何とよばれる平らな空間以外に、我々は曲がったもの、1次元なら曲線、2次元なら曲面に囲まれています。こうしたものの長さや面積、曲がり方を測ることは様々な場面で必要となります。

曲線の曲がり方は、車の速度、アクセルを踏んだ時の動きで説明することができます。するとなぜ惑星が周期運動をしているのかとか、なぜ人工衛星が飛ぶのかということもわかってきます。

曲面曲面上に線を引くと、平面上とはちがう性質を持つ

数学と物理は、このように身近なことに必ず関わっています。19世紀には、電磁場の振る舞いを記述するマクスウェルの方程式が見出されましたが、それは同時期に導入された「外積代数」に端を発する「微分形式」による記述につながります。20世紀初頭に現れた特殊相対論は、「ミンコフスキー時空」で考察することにより、自然に解釈されます。その背景には、非ユークリッド幾何を一般化して、空間に自由に「長さ」を与える「リーマン幾何」の考え方があります。

曲面論のハイライトは、曲がり方(ガウス曲率)を曲面全体で積分すると、曲面に空いた穴の数のみで決まる量(オイラー数)が現れるという「ガウス‐ボンネの定理」です。穴の数とはボールの表面なら0、ドーナツの表面ならひとつというように数えます。

数学でも物理でも、このように全く異なる起源を持つ量(曲がり方の積分と穴の数)が一致する、という事実は重要です。ガウス‐ボンネの定理は次元の高い空間でも証明され、さらにそれは解析学とつながって「アティヤ‐シンガーの指数定理」に発展しました。そして無限次元空間でのファインマン積分、サイバーグ‐ウィッテン理論、超弦理論(ひも理論)などの、量子力学を理解するための数物両サイドからの最先端理論につながっていきます。

「哲学と数学は役に立たない」と言われることがありますが、「物理は役に立たない」とは言われません。実際はアインシュタインの相対性理論に始まり、量子力学、ゲージ理論、ミラー対称性など、物理と関係する重要な問題は常に数学においても平行して研究され、車の両輪のように影響しあって発展しています。時にはそれと気付かず、物理と数学で別々の用語で同じことを研究していたということもあります。ゲージ理論接続のモデュライ理論の研究がそれにあたります。

特殊相対性理論特殊相対性理論は曲面の数学で記述できる

日本社会に、もっと数学を!

最近では、数学と諸分野の関わりが顕著になり、工学、情報科学、経済学はもとより、医学、材料科学、生物学、生命科学、渋滞学など多くの分野で数学の知見が必要となっています。科学技術振興機構の募集する研究テーマには2007年に初めて「数学」が導入され、現在も引き続き機構の支援による研究が活発に行われていて、特許取得を含めた重要な成果がいくつも達成されています。

一方、これから重要になるのは、政治家や企業のトップに、論理的思考力を身につけた人材が参入することです。冒頭で述べたヴィラニを始め、欧米、中国では研究を極めた数学者が国の政治に関わったり、理工学の博士号を持つ人が企業のトップにつくことが珍しくありません。日本では理工学をしっかり身につけた政治家や企業のトップが諸外国に比べ極端に少ないのですが、これでは科学技術だけではなく、政策や外交において何よりも重要な論理的思考力が心もとないのです。

 

コンピューターやAI(人工知能)、自動運転車……。これらは全て「論理」の上に組み立てられた緻密な機械です。経路が一つでも狂えば、交通網が遮断されたり、通信網が働かなくなったりします。数学的に組み立てられた論理の糸が切れるからです。

AIに人間が仕事を奪われる「シンギュラリティ」の到来が懸念されている昨今です。しかし「情報」という言葉が図らずも我々に伝えるように、そんな時に勝ち残れるのは、「論理的思考力」と「情」を兼ね備えたホモ・サピエンスだけではないでしょうか。

曲がった空間の幾何学書影

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