「数学は科学の言語」と言われるけれども、現代の最先端の科学を記述する重要な道具は「曲がった空間」を扱う数学だった――。近著『曲がった空間の幾何学』で、現代科学の土台となる数学を分かりやすく解説した著者の宮岡礼子さんに、数学の醍醐味を聞きました。
「数学界のレディー・ガガ」とよばれる人がいるのをご存知でしょうか?
セドリック・ヴィラニ(43歳)は2010年に数学のノーベル賞ともいわれるフィールズ賞を受賞したフランスの数学者です。多分にナルシストの気配がありますが、トレードマークの蝶結びネクタイと蜘蛛のブローチを身につけ、講演ではお気に入りの自分のスナップを大写ししたり、かと思うと可愛らしいイラストで数学者の苦悩を表現するなど、なかなかのエンタテイナーです。
ポアンカレ研究所(パリの有名な数学研究所)の所長になった2009年には「研究はやめた」と宣言し、なんと今回は新党「共和国前進」の議員として当選、マクロン政権の科学技術政策を支える一員として政治に参入しました。
科学者が非専門家に研究内容を伝えようとするとき、特に数学のような抽象学問においては大変な苦労をします。わからないことは誰も興味も持ってくれませんから、どうやってわかるように伝えるか、普通の講義の準備とは比べものにならないくらい多くのエネルギーを費やします。
それで思い出したのがヴィラニの東北大学での講演の一幕です。
三角形の内角の和は180度とは限らない非ユークリッド幾何に関連したことです。曲がった空間の上に三角形をかいて、頂点と底辺の中点を結んだ線分(中線)の長さを測り、平らな平面上にかいた同じ辺長の三角形の中線の長さと比較するのです。
曲がった空間がボールの表面のように膨らんでいたら、この中線の長さは平面上の三角形の中線の長さより長くなるでしょう。これは「トポノゴフの比較定理」として有名な、曲率と長さを関係付けるわかりやすい説明です。
ヴィラニは講演の中で、「太った人のネクタイは痩せた人のネクタイより長い」と言って会場の笑いを誘いました。首を頂点とする三角形を考えて、ベルトの中心を底辺の中点と思えばすぐに頷けますね。