人生って何ですか?小島慶子さんから佐藤愛子さんへの5つの質問

奥義を教えてください
佐藤 愛子, 小島 慶子

母としての物書きの暮らし

小島 佐藤さんが四十代で一番印象に残っているのはどんなことですか。

佐藤 何も残ってないですね。

小島 でも、直木賞を受賞したのも四十代ですよね?

佐藤 夫の会社の倒産とほぼ同時期でしたからね。朝から晩まで馬車馬みたいに働いて。

娘が小学校の二年生で、晩ご飯のあとお風呂に入れて、お風呂からあがったらベッドで大の字になった私の横に娘がきて、その間だけ話をする。午後十時になったらまた原稿を書かなきゃならない。「ああ十時だ」って起き出すと、娘が「もうちょっと。もう五分」と言う。けど、それをやると崩れますからね。

 

まだ一人で寝られないから、娘は仕事をしている私のそばで本を読んでいるうちに寝ちゃう。その上に毛布をかけてやって午前三時頃まで仕事をする。やっとひと区切りついて彼女を起こして一緒にベッドに行く。そんな四十代です。

三月頃だと午前三時はまだ寒いのね。ストーブの石油が切れて、下の物置まで取りに行く時間が惜しいから毛布かぶって書いていると、手がかじかんで、当時の世田谷はまだニワトリを飼ってる人がいて、「コケコッコー」が聞こえてくる。その時だけですね、あのボンクラ亭主のおかげでこんな目に遭って、と思ったのは(笑)。

小島 私はとても書くのが遅いものですから、息子たちが部屋のドアをノックしても「ごめん、ママいま手が離せない」ということがあります。三週間たつと日本へ働きに行って三週間はいないので、中三と小六の息子にはいろいろ寂しい思いをさせているかな、って思います。佐藤さんはお嬢さんととても良い関係をお持ちのようですが、親子の関係は佐藤さんにとってどういうものですか。

佐藤 私はやっぱり、娘に対して呵責がありますね。十分に育ててやれなくて、かわいそうなことをしましたよ。

こないだ、「あなた、あの頃、いろいろ腹が立つことがあったろうね」って聞いたら、「家の中が洗濯機の中みたいにグルグル回って、洗濯物になったように自分も一緒に回ってたからどうってことなかった」って言ってました。親が必死になっていたら、子供はそれなりに理解するものかもしれないですね。