人生って何ですか?小島慶子さんから佐藤愛子さんへの5つの質問

奥義を教えてください
佐藤 愛子, 小島 慶子

三、四時間睡眠で借金返済の日々

小島 佐藤さんは、借金を返しながら忙しくお仕事もしているとき、自分の人生つらいな、生きているのはしんどいなって思ったことはありませんでしたか?

佐藤 それがね、しんどいって思う暇がないの。当時、お金のためにインタビューの仕事もやっていたんですけど、野球の長嶋さんや金田さんたちアスリートは必ず、「こういう健康体に生んでくれた親に感謝する」と言うんですよ。

このあいだつらつら考えていて、あんなむちゃくちゃな、睡眠時間三、四時間で何年間も働いてよく病気しなかったと、「健康体に生んでくれた親に感謝する」って気持ちになってね。変な話なんですよ、作家がスポーツマンみたいなこと言ってるの(笑)。

小島 三時間、四時間睡眠が何年間もですか?

佐藤 何年かかったか……。肩代りした金額を見ると気持ちが悪くなるから引き落としっていうんですか? あれにして、自動的に返済する形をとってましたんで預金通帳なんか見なかったの。それがある日、どうなっているだろうとふと通帳を見たら一千万円貯まってるんですよ!

小島 よかったじゃないですか!

佐藤愛子 1923年大阪生まれ。甲南高等女学校卒業。’69年『戦いすんで日が暮れて』で第61回直木賞、’79年『幸福の絵』で第18回女流文学賞、’79年『血脈』の完成により第48回菊池寛賞、’15年『晩鐘』で第25回紫式部文学賞を受賞。エッセイの名手としても知られ、近著に『役に立たない人生相談』『九十歳。何がめでたい』などがある。

佐藤 何年も前に返済が終わってたのね。びっくり仰天して、間違いじゃないかと思って。それで北海道に。

小島 例の別荘を建てられたんですね。

佐藤 一千万円貯まったら、後は仕事をセーブして、スポーツマンとしてじゃなく作家として生きればいいのに。通帳が空っぽの状態になれているから、気になってしょうがない。それで土地を買って、小さな家を建てて、二十年ぐらいひどい目に遭いました。

小島 超常現象に見舞われて、アイヌがシャモに侵略された土地だったとわかり魂を鎮めようといろいろなさったんですよね。『私の遺言』を拝読して、よく佐藤さんご自身が病気になったりしなかったな、と思いました。それはやはり体が丈夫だったから……?

佐藤 そうですね。長嶋、金田並み(笑)。

小島 一生懸命借金を返しているあいだ、死んだらどうなるかとか、霊魂の存在について考えたことはありましたか。何の因果で私は借金を背負うことになったんだろうとか。

 

佐藤 考えたこともなかったですね。だって自分で勝手に背負ったんだから。夫に頼まれたわけでもない。誰を恨むこともできないんですから。夫の居所はわからなくなって、私は娘を学校に行かせなきゃいけないから夜逃げするわけにもいかないし。

小島 私が自分一人で稼ぐというのはこの四年ほどのことですが、それまでは、女が働くことには特別な理由が必要なんじゃないかって思い込みがどこかにあったんです。

佐藤 働くことって嫌でしたか? テレビに出るのは楽しかったでしょう?

小島 ……。楽しい反面、もうやりたくないと思うときもありました。

佐藤 組織の中で生きるときは、いろいろありますよね。

小島 でも夫が無職になって、自分が働かないとみんなご飯が食べられないとなったら急に、何のために働くのか、とか、この仕事にどんな意味があるのか、とか考える必要がなくなって非常に楽になりました。

でも、そのことで悩む女の人はまだまだ多くて、いまの三十代から五十代前半ぐらいは、女が働くことに何か特別な意味がいるんじゃないか、という思い込みが強いと思います。

佐藤 女性が解放されて、いろんな知識を身につけ賢くなったんでしょうね。私なんか、夫に養われて子供を育て、舅姑に仕えるのが女の生きる道という教育を受けた世代ですよ。

小島 そんな中で佐藤さんは、書いて書いて借金を返済して。