子供のころから何度も「性的虐待」に遭った女が、我が子を捨てるまで

育てられない母親たち➀
石井 光太 プロフィール

弓枝は大学2年の春と、半年後の秋、その男性の子供をたてつづけに妊娠をする。男性には結婚の意志はなかったが、弓枝はなんとしてでも産みたいと思った。

これに猛反対したのが、母親だった。電話でそのことを話した直後、母親は徳島から東京のアパートに駆け込んできた。そして包丁を首元に突きつけて叫んだ。

「学生結婚も許さないし、出産も許さない。あんたをそんな不良に育てた覚えはない。すぐに中絶しなければ殺すわよ!」

徳島にいた時と同じく、母親は弓枝に「いい子」であることを求めたのである。

弓枝は母親に言われると逆らうことができず、中絶手術を受けた。愛する人の子を殺してしまった罪悪感に泣き崩れた。

 

育児ノイローゼに

大学卒業後、弓枝は看護師にはならず、派遣社員としていくつかの職を転々とした。大学時代に熱愛した男性とは2度の中絶を機に別れたが、気持ちはずいぶん落ち着いていた。

30歳の時、仕事で知り合った3歳年上の男性と結婚。彼は子供が大好きで、絵に描いたようなやさしい性格だった。無意識のうちに、そんな男性を選んでいたのだろう。

新婚の数年間は、弓枝は人生でもっとも幸せだった。多少の経済的な余裕もあり、休みごとに小旅行へ出かけたり、ショッピングに行ったりした。

良き妻であることも忘れなかった。家中をきれいにして、インテリアにもこだわる。食事も手造りで、夫にできるだけおいしいものを食べさせてあげようとした。完璧主義の彼女ならではの結婚生活だといえよう。

そんな生活が崩壊したのは、長男を出産してからだった。

後に発達障害だと診断される息子は、乳幼児期からまったく手に負えない子だった。夜中でも一度泣き出したら止まることはなく、2歳、3歳になってもまったく意思の疎通ができなかった。弓枝は、息子との向き合い方がわからず、「育児ノイローゼ」になった。

彼女の言葉だ。

「小さなころから、『いい子』であれと言われつづけてきたことから、『いい子主義』『完璧主義』だったんです。でも、自分の意志通りにならない子供が生まれたことで、それが限界に達してしまった。理想の自分像みたいなものが崩壊してしまったんです。

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いったんそうなると、育児ノイローゼになって精神状態がおかしくなりだした。一つでもうまくいかないと、パニックに陥って暴れだすようになったんです。息子に対しても、夫に対しても。とにかくちょっとしたことで混乱してどうしていいかわらなくなるんです」

弓枝が家族に対して取った行動は、まさに「虐待」と呼ぶべきものだった。たとえば、ある日、息子が病気になって嘔吐した。すると、吐いたものを片付ける、病院へつれて行く、といったことを順序立ててできず、「吐くな!」「泣くな!」と息子を何度も殴りつけてしまうのだ。当然、息子はわけがわからずに余計泣く。彼女はさらに混乱して暴力をふるう。そのくり返しである。

こうしたことは毎日つづいた。お皿を壊す、ご飯を落とす、おもちゃを投げる。そんな些細なことでいちいちパニックになり、息子がぐったりするまで叩きのめすのだ。そのせいで、息子の体には常に生々しいアザや傷が絶えなかった。

「最初は息子が言うことを聞かないせいだと思っていました。でも、だんだんと息子を憎んでいるんじゃないかと考え直すようになりました。

オムツを取る時に、性器が見えるじゃないですか。すると、昔受けた性的虐待や痴漢のことがフラッシュバックして、ものすごく息子が男であることが怖くなるようになったんです。男が目の前にいるのが恐ろしい。そんな感情から息子を憎らしく思い、泣いたり、騒いだりするだけで、頭に血が上って暴力をふるってしまうんです」
 
精神の均等を崩したことで、これまで記憶の奥底に隠していたトラウマが表出するようになったのだろう。