「復興五輪」という言葉に、拭いきれない違和感が湧いてくる

一体なにを「復興」させるというのか
森田 浩之 プロフィール

「復興五輪だという意識は全くない」

これに対して、2020年大会はどうなのか。被災地を走る聖火ランナーの身体が復興五輪にからむ形で、なんらかのメッセージ性を持つようなことはあるのだろうか。

その点は疑わしい。河北新報(本社・仙台)が今年2月に被災地の42市町村長を対象に行ったアンケートの結果は、ある意味で衝撃的なものだった。

この調査によれば「オリンピックは復興に役立つか」との問いに、54%が「何とも言えない」を選択した。

「復興五輪の理念は明確だと思うか」という問いには、71%が「何とも言えない」と答えた。

「何とも言えない」は強い「NO」ではないものの、実名入りで報じられる記事のアンケートで7割に達したことには、首長たちの強い不満と戸惑いの表れと言えるだろう。

自由記述欄への回答も手厳しい。

 

〈(復興五輪という)位置付けは素晴らしいが、具体化の取り組みが見えない〉──阿部秀保・東松島市長(当時)

〈東京で開催するのは大歓迎だが、復興五輪だという意識は全くない〉──戸羽太・陸前高田市長

〈五輪は被災地だけで行われるものではない〉──戸田公明・大船渡市長

控えめに解釈しても、被災地の首長たちは復興五輪という言葉をまともに受け取っていない。東京オリンピックが開かれることで自分たちの自治体にプラスの要因があるなどとは、ほとんど信じていないように思える。

これが、2020年大会の復興五輪という言葉をめぐる意識なのだろう。

〔PHOTO〕gettyimages

うまく利用されている?

そもそも復興五輪という言葉は、2020年大会にからんでいつから使われているのか。

2020年大会に震災復興が関連づけられたのは、震災発生のわずか1年後である2012年、当時の招致委員会がIOCに提出した開催計画の概要である「申請ファイル」だった。

しかし国際的な招致レースが始まると、東京の招致委員会は復興五輪を打ち出すことに消極的になっていく。

そのころ海外では、震災に伴う福島第一原発の事故の影響を懸念する声が強まっていたからだ。復興五輪をアピールすれば招致活動に悪影響を与えかねないという判断だった。

しかし昨年になって競技会場の見直し議論が起こると、都の調査チームはボート・カヌー会場を宮城県内に変更する理由として、再び復興五輪を前面に打ち出した(最終的には福島で野球・ソフトボールが、宮城でサッカーが行われることになった)。