科学史の泰斗が問う「日本科学界のタブー」

科学は軍事とどう付き合うべきか
杉山 滋郎 プロフィール

ところが1980年代にもなると、防衛庁の技術研究所が人員と予算の両面で規模をぐんぐん拡大する。他方、民間企業も研究開発力を高めていた。そしてこれら両者が、タイアップして軍事研究を進めるようになる。

ましてや今世紀ともなれば、防衛省の研究開発予算は年平均1400億円ほどにのぼる。兵器・装備品の「調達費」に含まれる研究開発費も含めれば、もっと大きな額である。それらのほとんどが民間企業と共同での研究開発費である。

そして「研究者」に占める大学関係者の割合は、全体の4分の1でしかない。民間企業の研究者が、いまや全体の3分の2を占めている。

こうした現状からわかるように、科学研究の成果が軍事利用されることを管理しようとするなら、大学だけを対象にするのでは不十分なのである。

 

国民も議論に参加を

今回の学術会議の声明は、こうした「限界」を自覚している。

この限界を破るには、わが国の安全保障政策をどうするのか、自衛隊をどう位置づけるのか、などの点について、声明が言うように「一定の共通認識が形成される必要」がある。

軍事利用に係わる可能性のある研究については「その適切性を目的、方法、応用の妥当性の観点から技術的・倫理的に審査する制度」や「ガイドライン」などを設けるべきだ、と声明は言う。しかしその「適切性」を判断するにも、さきの「一定の共通認識」が必要である。

そこで声明は言う。この「一定の共通認識」を得るために、個々の科学者はもとより、研究機関や学協会、そして科学者コミュニティが「社会と共に真摯な議論を続けて行かなければならない」。こうした議論を、学術会議は率先して行なうとも宣言している。

「社会と共に」というのだから、この呼びかけにわれわれ国民も応えるべきだろう。

まずは、現実を見つめることから始めてはどうだろう。人工知能や、自動運転、ドローン、仮想現実(VR)、3Dプリンティングなどなど、われわれが夢を託す技術のほとんどが、軍事と結びついている(結びつきうる)のだ。これら技術の軍事利用に何らかの管理・統制を加えなくてもよいのだろうか、と考えてみよう。