科学史の泰斗が問う「日本科学界のタブー」

科学は軍事とどう付き合うべきか
杉山 滋郎 プロフィール

憲法9条から憲法23条へ

学術会議の今回の声明は、1950年と67年の「2つの声明を継承する」と述べている。軍事研究に対し歯止めをかけようとしている点では、たしかに継承していると言えよう。しかし重要な点で違いもある。

一つ目の違いは、軍事研究に歯止めをかけるための概念装置が、憲法9条の「平和主義」から、憲法23条の「学問の自由」に変わったことである。

1950年の声明は、戦争を目的とする科学の研究に自分たちが手を染めないことで、再び戦争の惨禍が到来することを防ぐのだ、という考え方に立っていた。

第一次大戦では化学者が毒ガスを開発し、第二次大戦では物理学者が原子爆弾を開発して、ともに悲惨な結果をもたらした。日本の科学者や技術者もほとんどが、大なり小なり、軍部に協力していた。そこで、自分たちさえあのような研究に手を染めなかったなら……という痛恨の思いから声明を発したのである。

しかし現在の学術会議は、そのような平和主義にもとづいては、学術界の意見をまとめることが困難だと判断した。

「自衛のための軍備は必要である」「現実に自衛隊も存在し国民に受け入れられている」「自衛のための軍事研究であるかぎり否定されるべきでない」などの主張が、学術界に少なからず存在したからである。

そこで学術会議は、憲法23条に保障された「学問の自由」に拠り所を求めた。これなら、9条の場合とは違い、学術界で一定の共通理解が得られると判断したのである。

 

大学のみの対象では不十分

このことから、二つ目の違いが生じた。「学問の自由」に訴えることで軍事研究に歯止めをかけることにしたため、大学以外で行なわれる軍事研究を主たる関心の外に置くことになった。

なぜなら、「学問の自由」があるのは大学の研究者に限られるからだ。企業の研究者は職務命令に従って研究している。宇宙航空研究開発機構(JAXA)や、海洋研究開発機構(JAMSTEC)、理化学研究所など、国立研究機関の研究者も基本的にそうである。

その結果、企業や防衛省の研究所などで現実に行なわれている軍事研究については、黙認することになった。JAXAや、JAMSTEC、理化学研究所などに対しても、今回の学術会議の声明は歯止めにならなかった。現にこれらの研究機関は、今年度も安全保障技術研究推進制度に応募したと報じられている。

もっとも学術会議の1950年の声明でも、大学以外に勤める研究者のことはほとんど意識されていなかった。「われわれは、…戦争を目的とする科学の研究には、今後絶対に従わない」と言うときの「われわれ」は、実質的に大学の研究者であり、企業の研究者はほとんど念頭になかった。

1950年ころは、それでもよかったのである。企業の研究者はまだまだ少なく、防衛庁の前身の保安庁に技術研究所が設置されるのも、もう少し後である。2度目の声明が出される1967年でも、状況に、さほど大きな変化はまだなかった。