冷し中華はナント「八百万の神」のひとつだった!?

ニッポン「冷し中華」考【後編】
堀井 憲一郎 プロフィール

冷し中華にはその核になる味がある。それが強くて、そこからはずれると冷し中華を食べてる気にならないのだ。(あの甘酸っぱさです)。それを大事にする考えかたは「冷やし中華思想」と名付けていいとおもう。

ついでに日本人が漠然と抱いている冷し中華に期待する味は、いわば〝冷し中華共同幻想〟ともいうべきものである。要は「うだるような暑いときは甘酸っぱいタレでつるつるっと麺を食べたい」ってことなんだけど、ちょっと漢字を多く使って表現してみました。

冷し中華は食べ物であるいっぽう、特定の期間にしか存在しない“自然存在の代理者”みたいなところがある。不思議な存在だ。八百万の神のひとつなのかもしれない。

「冷し中華の味には言語化されていない核があって、そこを日本人は大事にしており、そこから逸脱できない」、というのはいろんな日本論のアナロジーのようで、ちょっとおもしろい。東京ディズニーリゾートがそこに踏み込まないようにしている、ということもふくめてね。ポイントはお酢なんでしょうね。

冷し中華は、高温多湿の日本の夏を処する、ひとつの方便なのだ。

冷し中華はえらい、ということでもあるし、冷し中華はありがたい、ということでもある。

夏にしか存在せず、冬にも食べたいとおもわせる、その存在感もありがたい。芥川龍之介の芋粥のようなものであって、夢想しているときが幸せでなのである。

コンビニの冷し中華には、ミニサイズも用意してあるのがすごくいい。

わかってるな、という感じである。

冷し中華を食うことは、シルシのような、儀式のようなものだから、たくさん食べればいいというものではない。1日3回食ったり、毎日ずっと食べ続けると飽きてしまうので(必ず飽きます)、この高温多湿の国に住んでいながら冷し中華に飽きてしまうと人生がより大変になるから、うまく間合いを空けて食べられるのがよいとおもいます。はい。

暑中お見舞い申し上げます。