豊田議員「このハゲー!」発言が、根こそぎ吹き飛ばしてしまったもの

本当の罪深さはここにあった

バラエティ番組の「困った時の〝髪〟頼み」

自民党・豊田真由子議員が秘書(現在は退職)に向かって叫んだ「このハゲーーーー!」という暴言は、当事者のコンプレックスとそこへ向かう差別意識をリセットさせてしまった感がある。

無論、そうやって言葉で陵辱したことは問題だが、録音された音声を追えば、豊田議員が暴力を浴びせたと思しき鈍い音が記録されているし、秘書は医師から「顔面打撲傷」「左背部打撲傷」等の診断書をもらったと明らかにしており、彼女が傷害罪に問われる可能性もある以上、こちらを問題視すべき。

でも、報じる側が優先したのは「このハゲーーーー!」発言なのだった。「ハゲ」発言は問題だが、これほどまでに「ハゲ」発言を中心に紹介されていく様子もまた異様に思えた。

先日、個々人がいつまでもコンプレックスを引きずることで数多の文化が生まれた、との仮説に立ち、「天然パーマ」「背が低い」「下戸」「一重」「親が金持ち」といった10個のコンプレックスをしつこく探究した1冊『コンプレックス文化論』を刊行したのだが、その終章として取り扱ったのが、偶然にも「ハゲ」だった。

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バラエティ番組では「困った時の〝髪〟頼み」と言わんばかりに、笑いを生み出す永続的な源泉として「ハゲ」が頼られてきた。広いおでこをパチンと叩く、ハゲヅラをかぶって戯れる、薄毛の芸人をジェットコースターに乗せる……最低限のシチュエーションを用意すれば、ある一定の笑いが約束される。

昨年来ブレイクしているお笑い芸人・トレンディエンジェルの斎藤司は、ハゲなのに二枚目を気取っている、という前提が面白さの大半を占めているが、それってつまり「ハゲは二枚目を気取るな」との暴力的な前提を、国民の多くが無難に受け入れていることを明らかにしている。なかなか残酷である。

比較的安全な矛先…?

『コンプレックス文化論』の中では、カツラの着脱をバラエティ番組で公開して話題となった臨床心理士・矢幡洋に、ハゲについてのインタビューを試みている。矢幡はこのご時世、チビやデブやブスが言いにくくなっているのに、「『ハゲ』だけはみんな安心して言えるから、差別パワーが『ハゲ』に集中しているんじゃないですか」との見解を示す。

続けて、「相手を嘲笑したいという気持ちは、人間のかなり根本的なところにあります。その比較的安全な矛先が、身体的欠陥では『ハゲ』しか残っていない」と分析する。

 

番組からの要望を受ける度にカツラを着脱することについて、「私のツールであり、商売道具だと。人様の商売道具にケチつけるな」と語気鋭く言い放ったのだが、氏が言う「比較的安全な矛先が、身体的欠陥では『ハゲ』しか残っていない」との指摘は、今回の「このハゲーーーー!」が面白おかしく消費され続けている現在を言い当てている。

言うまでもないが、病気やその治療などで頭髪が抜けたり、ストレスで円形脱毛症になる人もいるのだから、本来は矛先としてデリケートなものであるはず。でもなぜか、ハゲは許される。ざっくり放任される。ハゲは、比較的安全な矛先、なのだ。

『週刊現代』(2017年8月5日号)に掲載された記事には、豊田議員の地元・埼玉にある事務所の隣人の証言として「最近は近所の子供たちが事務所の前を『このハゲー!』と叫びながら通り過ぎていきます」とある。これぞまさに「比較的安全な矛先」。豊田議員がハゲなわけではないのだが、子どもたちの手にかかれば、「ハゲ」はこうして自由気ままに増殖する。

今、漢字ドリルの例文にすべて「うんこ」を含ませる『うんこドリル』が売れに売れているが、柳の下のどじょうとして「ハゲドリル」を仕込んでいる出版社もあるのではないか。思い返せば、歴史の教科書に載っているフランシスコ・ザビエルの肖像(ハゲではなく「トンスラ」という髪型だったとの説も根強い)は、イタズラ書きの恰好の餌食だった。学期が終わるまで彼の頭部に手をつけなかった友人を探す方が難しかった。