フィリピン「麻薬戦争」では、無実の民間人が大量に投獄されている

丸山ゴンザレス特別レポート
丸山 ゴンザレス プロフィール

そんな声のなかには、「麻薬とは関係ないのに警察に殺されてしまった」という耳を疑うような証言もあった。私が首都マニラ近郊のケソン市にある刑務所を訪れた際に話を聞いたギャングの中には、「警察は麻薬取引とは関係なくても、ギャングだっていうだけで撃ち殺した。そうやって殺された仲間が大勢いるよ」と、警察の暴走ともとれる取り締まりに参っている者もいた。

麻薬犯罪にメスは入ったものの、それは末端の人間や麻薬組織の人間を殺害したり逮捕しただけ。なかには直接関係ない人も含まれていたわけで、抜本的な麻薬犯罪のシステムが崩れたわけでもなければ、ましてや常用者の治療や救済措置などが整えられたわけでもない。単に警察にとって邪魔だった人々が5千人殺されて、約8万人逮捕されただけ、かもしれないのだ。

はたしてこの成果は大統領の期待していたものだったのだろうか。

 

少なくとも国民の多くは、フィリピンがもう少し違った方向に良く変わると思っていたのではないかと思う。

かつてドゥテルテ大統領は、ミンダナオ島のダバオ市長として辣腕を振るい、浄化作戦を直接指示した。結果、ダバオはフィリピンでも屈指の安全な街と呼ばれるようになったという。

そのときに活躍したのは、大統領の私軍的な位置づけにあった組織(一部報道では「ダバオ・デス・スクワット(ダバオの死の部隊)」と命名されている)。指揮命令系統や浄化作戦に対する姿勢が、マニラの警察官たちとはまったく異なる。

もし、大統領や国民がダバオと同じことを期待していたのだとしたら、それは誤りだったといえるだろう。麻薬撲滅作戦のキモとなるはずの警察組織自体の腐敗があまりに根深いため、作戦が大統領の思惑通りに進まなかった、というのが、私なりの見方である。では、フィリピンではこの問題がどのように見えているのか。同じく麻薬撲滅作戦そのものに問題提起をしている人物がいた。それが『ローサは密告された』の監督だ。

『ローサは密告された』が写すもの

フィリピン映画界を代表する巨匠のひとり、ブリランテ・メドーサ監督。彼の最新作『ローサは密告された』(7/29公開)の主人公は、スラム街の雑貨屋で麻薬を販売している家族だ。麻薬販売、といっても生活のためであって、大きな利益を得ているわけではない。その家族の大黒柱である母親ローサが、何者かに密告されて警察に逮捕された。

なんとか罪を見逃してもらうために、今度は家族が別の売人を密告、しかし、それに加えて多額の賄賂を要求される。その金を揃えるために家族は奔走するのだが……映画はこのような内容である。

(c)Sari-Sari Store 2016

いずれもフィリピンで実際に見聞きできる“ありふれた”状況である。そこには、正義も悪もない交ぜである。また、売人、密告者、賄賂をとる警察といった登場人物からも、麻薬撲滅作戦の現場で「いま」何が起きているのかが描かれている。

監督は作品を通してどのようなメッセージを発信しようとしたのだろうか。まず、フィクションという体を取りながらも、あまりにリアルな設定が気になった。そのことを聞いてみた。

「知り合いに実際に起きたことで、その話を聞いて興味をもって取材をしていった」

監督が取材をした出来事は、実は現政権下のそれではなく4年ほど前の前政権時代に起きたことだったという。ドゥテルテ大統領が問題視したように、当時から麻薬の問題が蔓延していたことは間違いないようだ。