英国王室「異例の勲章授与」とブレグジットの深い関係

因縁の「ジブラルタル問題」とは
君塚 直隆 プロフィール

古代からの要衝・ジブラルタル

イベリア半島最南端にあるジブラルタル。地中海の出入口にあたるこの6.5平方キロほどの小半島は、太古の昔から戦略的な要衝となってきた。

ルイ14世が孫をスペイン王に即(つ)けようと、周辺諸国と戦闘に入ったスペイン王位継承戦争(1701~14年)の際に、フランスやスペインと戦った英国がここを占領したのが1704年のこと。

爾来(じらい)、ジブラルタルは今日に至るまで英国領となっている。現在の住民は3万2000人ほど。公用語は英語にはなっているものの、スペイン、ポルトガル、マルタ、北アフリカなど、各地から移ってきた住民の大半がスペイン語を日常的に使っている。

通貨は英ポンドと同価値のポンドを使い、郵便物も英国風の赤いポストに集められ、英国のスーパーマーケットも出店はしている。しかし料理は地中海風で、住民の実に72%はイングランド国教会ではなく、ローマ・カトリックの信者である(国教徒は7.7%にすぎない)。

ジブラルタル〔PHOTO〕gettyimages

このように、英国の領土にして、およそ英国とはかけ離れた文化圏ともいうべきジブラルタルを、いまだに英国に惹きつけてきたのが実は「王室」の存在なのだ。

世界に冠たる大英帝国の基礎を築いた英国海軍にとっても重要な要衝となってきたこの土地は、18~19世紀までは圧倒的に英国の陸海軍関係者が人口の多くを占めていた。

 

彼らは本国にいる国王や女王の記念日には、祝砲を打ち鳴らしたり、パレードを行って君主と祖国に忠誠を誓った。1859年にアルバート・エドワード皇太子(のちの国王エドワード7世)が、歴代の王のなかで初めてこの地を訪れた。

特に「インドへの道」の要衝でもあるジブラルタルには、こののち歴代の国王・皇太子がインド訪問の前後に必ず立ち寄るようになった。

また、ヴィクトリア女王の在位50周年(1887年)と60周年(1897年)、歴代国王の戴冠式(1902、11、37年)でも、本国に負けず劣らずの祝典が催された。

そのような祝賀行事には、各国の総領事などに混じって、スペインからの代表も参加し、英国の慶賀をともに祝っていた。

しかし、1936年からのスペイン内乱で事態は一変した。