まずは、上の一脚の椅子を見てほしい。この青い立派な椅子は現在、中国のインテリ層の間で、SNSによって静かに拡散されている写真である。
この椅子は、2010年12月10日、オスロで行われたノーベル平和賞の授賞式で、中国の民主活動家、劉暁波氏のために用意されたものだ。
この日、雛壇には7席の椅子が用意された。他の受賞者6人は着席したが、客席から見て、向かって左から2番目の椅子だけが空席になっていた。中国の獄中にいた劉暁波氏は、出国を許されなかったからだ。そのためオスロではその椅子にメダルと花を置き、中国政府に対する抗議の意を示したのだった。
中国では今年6月1日、インターネット安全法が施行された。これによって、中国当局の意に反する内容をSNSに書き込めば、たちどころに逮捕できることになった。
そのため中国人は、7月13日に61歳で死去した劉暁波氏に対して、哀悼の意を表することができない。それで中国のインテリ層は、ひそかに骨董品の写真に紛れ込ませたりして、この椅子の写真を拡散させているのである。
もう少し勇気のある中国人は、次の対連句を拡散させている。
〈 学為人師、論美論徳論自由、保持沈黙幾過客。
行為世範、獲罪獲奨獲解説、没有敵人一先生。〉
(人の師となって学び、美と徳と自由を論じ、沈黙を守って歩んでいく。
世の範となって行動し、罪と賞と論評を得て、何人をも敵視しなかった一男性。)
ちなみに劉暁波氏の死去に対する中国政府のコメントは、7月14日の外交部定例会見で述べられた「中国の内政問題に外国は不適切な発言をする立場にはない」というものだった。その後、遼寧省政府が、「葬儀は遺族の意向に沿って行われた」と説明した。
要は、習近平政権は、1989年の天安門事件そのものを無かったことにしようとしているのである。
私はかつての劉氏の教え子にも話を聞いたが、「平和賞でなく専門の文学賞でノーベル賞を獲ってほしかった」と言って涙ぐんだ。
劉氏の件に関しては、すでに日本でも多く論じられているので、これ以上多言はしないが、いずれ中国も、天安門事件の総括を行わなければならない時が来るだろう。一応、中華人民共和国憲法第35条を掲げておく。
〈 中華人民共和国の公民は、言論・出版・集会・行進及び示威の自由を有する 〉
このように中国政府が劉暁波氏の死去に、ことのほか敏感になっているのは、早ければ9月にも、5年に一度の中国共産党大会を開くことと関係している。今回の第19回共産党大会で、絶対的権力を掌中に収めようとしている習近平主席にとって、内省の安定と外交の成果が必要なのである。