『夫のちんぽが入らない』こだま氏の意外な「オカネの使い道」

「原稿料なしでお願いできませんか?」
鈴木 涼美 プロフィール

オカネで買えない「何か」に突き動かされ言葉を紡ぐ

こだまさんの発する言葉や醸し出す雰囲気の社会のゴミに侵されていない感じ、欲や汚れを寄せ付けない感じは、私にはとても眩しかった。シスターが教壇に立つような小学校に行っていたが、シスターの方がまだ煩悩があったような気がする。

けれども、一瞬浮かぶ、無垢なんていう言葉は、一度彼女の紡ぐ文章に戻れば、綺麗に裏切られる。描かれるのは、欲にまみれ、汚れまくって、くだらない自意識や世間体で頭がパンパンの、確かに私たちのような人間が生きる本物の世界で、そこは決してイノセントなファンタジー世界ではない。

 

「もうちょっと悪女要素がある人だと思ってました」と、私は純粋にこぼしてしまった。生々しい人間を把握していないと描けない物語を紡ぐ彼女が、悪い意味での「箱入り」で悪意なきものだとは到底思えなかったからだ。

「私がしている一番の悪いことは、夫に内緒で本を書いていることですよ。かなり危険なことをしてる。今日だって、内緒でこうやってお仕事で東京に来ているのが、すごく贅沢だと思います。他にまだ贅沢したい、とか、欲しいものを買いたいっていうのはないですね」

もしかしたら、私の生きる世界とこだまさんの生きている世界の法則や重力は本当に違うのかもしれない。

だけれども、大まかな意味で繋がっていて、後ろめたくても危険でも、欲しいもののために人は手を伸ばすということ自体は変わらない。私の物差しでこだまさんは無欲に見えるけれども、彼女の世界では彼女も欲深く、ずるい人間なのかもしれない。

もしかしたら、お金で買える幸せなんかを欲している私の方がよほど謙虚で、お金で買えない「何か」に突き動かされるように言葉を紡ぐ彼女の方が強欲なのかもしれない。強欲であって欲しいと思う。

その欲望の先にあるものが何であるのかは私にはわからないけど、少なくともその欲望のある限り、こんなゴミみたいな世界を彩る言葉をこれからも紡いでくれると思うからだ。

Photo by Riki Kashiwabara

お金余ってるならください、と言いそうな気持ちを抑えて私はこだまさんとこだまさんを心配そうに見守る彼女の担当さんと別れた。

そう言えば昔、『アイドル領域』という同人雑誌を作る評論家の人から、「謝礼はパフェで……」というめちゃくちゃな原稿依頼が来たことがあったな、なんて思い出しながら、私と同じくまぁまぁ強欲な私の担当さんと、浜松町のタリーズでコーヒーを飲んでから汚い新宿駅に帰った。

こだま 主婦。2014年、同人誌即売会「文学フリマ」に参加し、『なし水』に寄稿した短編「夫のちんぽが入らない」が大きな話題となる。2015年、同じく「文学フリマ」で頒布したブログ本『塩で揉む』は異例の大行列を生んだ。現在『クイック・ジャパン』(太田出版)、『週刊SPA!』(扶桑社)で連載中。『夫のちんぽが入らない』は短編を大幅に加筆修正したもので初の著書。

〈ご愛読ありがとうございました。8月から鈴木涼美さんの新連載が始まります!

 どうぞお楽しみに。〉

エッジが立ってて、キュートで、エッチで、切ないエッセイ26編。