『夫のちんぽが入らない』こだま氏の意外な「オカネの使い道」

「原稿料なしでお願いできませんか?」
鈴木 涼美 プロフィール

戦略のもとにない美しさや面白さは、底が知れず怖い

ただ、実際にページをめくって出会ったこの本は、想像以上に私のような人間にも開かれている。それはテーマや筋書きを超えて、著者の持つ世界を眼差す視点の新鮮さ、そしてそれを余すことなく伝える文章力があったからだと思う。

だから私はこだまさんの多難の人生よりも、それを『夫のちんぽが入らない
という本にまとめる感性や著者略歴に簡素に「主婦」なんて書く感性の方に興味があったし、本の主人公が辿る人生よりも、その主人公の程よくシニカルで程よく露悪的な語り口の方がずっと面白かった。

「自分の身をつくっているものに対してコンプレックスしかない」と言う彼女は、まじまじと見なくともとても男性受けしそうな女性らしい柔らかい雰囲気の綺麗な人だった。

Photo by Riki Kashiwabara

黒いドット柄のトップスに涼しげなベージュのワイドパンツから覗く足首がほっそりと白い。ふわっとしたセミロングの髪も、マスクをした薄化粧の顔も、ある意味では大変戦略的なように見えて、出てくる言葉は外見とはちぐはぐにやましさがない。

「服は、ネットで買うくらいですね。例えばファッション誌なんかを見て素敵だなって思ったとしても、自分と繋がらないんです。ああいうのはああいう世界の人のためのもの、と自分とは切り離されてしまう。

まつ毛エクステもそうですけど、私がやったらすごく調子に乗っているような気がして、自分が許せなく感じちゃうんです。人がやっているのは全然良いんですけど、あくまで私のためのものではない、という感じで。好きなものがある人は輝いて見えるし羨ましいんですけど。

東京への憧れも、そんなになかったですね。田舎すぎて」

戦略のもとにない美しさや、面白さと言うのは、底が知れず怖いものである。

ただでさえ、つけまつげやプチ整形、或いは携帯のちょっとしたアプリで、綺麗な人はものすごく綺麗に、ブスな人もそれなりに見えてしまう時代である。30を過ぎた女は既にコンプレックスを克服するか、あるいはコンプレックスを強みに変えて逞しく地道に生きている。

美容やファッションのことを聞こうとするとひたすら「恥ずかしい」と返してくるこだまさんは、まるでたった今、現代社会に生まれ出たかのような無垢さがある。ただ、おそらくそれは無垢さや純粋さとはまた違う、もっと荒々しいものなのだ。