鈴木涼美さんが「オンナのオカネの稼ぎ方・使い方」について取材考察する好評連載、今回で最終回です(号泣)。有終の美を飾るべく、今回はスペシャルゲストが登場! こだまさんの「おカネの稼ぎ方・使い方」を徹底取材してもらいました。
なんというか、強かな人というのは、私はそんなに怖くない。
なんとかして自分を良く見せようだとか、なんとかして金儲けしようとか、なんとかして大臣になろうとか思って、どんなに鎧をかぶっていたとしても、あらゆる汚い手を使ってきたとしても、その人の欲望というのはたかが知れていて、私の見える範囲にあるからだ。だから私は人に強かであってほしいと思う。
そういった意味で、こだまさんはとても怖い人だ。
いまやベストセラー作家となった彼女が、どうやら旦那様や家族には文章家であることを内緒にして執筆していること、だから雑誌やインターネットでの顔出しをしていないことは聞いていた。
それは別に驚かない。職業を隠して友人や家族と付き合っている人はAV業界にも風俗店にもたくさんいるし、匿名ブロガーやツイッタラーが有名人である時代である。
私は6月の暑苦しい生理初日にこだまさんと会うことができた。マスクをして現れた彼女にそれなりの事情を感じつつ、マスク越しの感じの良い笑顔に生理のイライラはすぐに消えた。
原稿が仕上がるといつもパフェを食べるのが楽しみだというこだまさんに、東京に来るときに遊びに行ったりはしないんですか、と聞いたら「ほとんどないですけど、昨日編集者さんにパフェを食べに連れて行ってもらいました」と教えてくれた。
人それぞれ事情はあるだろうし、その守るべき事情の範囲内で仕事なり遊びなりするものである。だから人の活動にはそれぞれ特徴があるわけだけれども、根底にある欲望自体はそれほど辺鄙なものではない、と私は思っている。愛されたいとか、お金が欲しいとか、ちやほやされたい、有名になりたい、モテたい、可愛くなりたい、などなど。
ただ、こだまさんの話を「家族にバレずに文筆業を続けたい」という欲望だけで紐解いていくと途中で破綻する。
「彼が仕事に行っている間だけパソコンを開いて、家にいるときには書かないよう完全に分けているんです。締め切りが迫っているのに夫が家でゴロゴロしていると、ちょっと憎くなることもあるけど。
今日も、東京には母と出かけているって言っています。自分から夫に実はこういう本を書いてっていうのは言うことは絶対にないですね。
ただ、もし何かのきっかけで知れてしまったら、そのときに言おう、と思っています。ただ、それで例えばこれまでしなかった顔を出しての対談や取材、テレビなんかに活動の幅が広がるわけではないと思う。そもそも、人前に出るのが苦手で、性格的に出たり喋ったりはしたくないんです」
『夫のちんぽが入らない』(扶桑社)。いまや知らない人は「遅れてる」、と言っていいくらい有名になった本だ。
「本を出してみて初めて、実話として世に出したということは本への批判が自分自身への批判になるということがわかりました。本が気に入らない人は二重の意味で気に入らないんだなとも思います。
あと、名前もブログの頃から使っている名前を使ったけど、もっと普通の名前にした方が家族にバレる危険ももっと少なかったかもしれないと思って、ちょっと後悔しています。タイトルについてはずっとそのイメージは付きまとうでしょうね。
でも『夫のちんぽ』の人って言われる人生もそれなりに面白いかな、って今は思っています」。
タイトルの響きばかりを必要以上に何度も取り上げるメディアも、「同じ悩みがあるのに解決策が書いてない」なんていう見当違いなレビューも、色々と事件が起こる半生への興味も、私には結構どうでもよくて、そんなに期待値をあげずに本を手に取った。
というのも正直、私も私の周りの友人たちも、経歴を簡単に話すとドン引きされるような人生を送ってきたため、人の「私はこんなにすごい人生を送ってきた」といった類の話にそんなに驚くことはないし、激動の人生を歩んだり数奇な運命の元に生まれたりした話というのは結構聞き飽きている。
だからアマゾンの星5レビューに溢れていた「普通になれなくてもいいんだ」という主題への共感も、自分を特別だと思いたい人たち、「普通でいたくない」人たちの勝手な共感のように思えた。普通でいることって意外と勇気がいることだとも思っている。