薬物依存症治療のプロは清原和博のいまをこう見ている

2つの不安材料
原田 隆之 プロフィール

依存症のメカニズム

清原氏は、薬物を使い始めたきっかけとして、引退後の空虚感や不安を挙げている。

「死んでもいい」と思うほど、命を賭けて野球一筋であったこと、何度もの怪我や手術を乗り越えてきたこと、そして引退をしたときに、それらがすべて過去のものとなり、底なし沼のような虚脱感、不安、孤独に襲われたこと――。

こうした気持ちから逃れるために覚せい剤に手を出したということであるが、実は薬物依存になる人の大半は、同じような心理的メカニズムを有している。

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依存症について、有名なラットの実験がある。

水が入った2本のボトルを備え付けた檻の中に、ラットを1匹入れる。一方のボトルは普通の水であるが、もう1本にはヘロインを溶かしてある。最初ラットは、どちらのボトルからも水を飲むが、すぐにヘロイン入りの水を選んで飲むようになり、たちまちヘロイン依存症になってしまった。

今度は同じように2種類のボトルを用意し、もっと大きな檻に取り付ける。そして、檻の中にはほかに、たくさんの遊具を用意し、ここに20匹のラットを入れる。すると何が起こったか。

ラットはヘロインには見向きもせず、餌を食べたり、遊んだり、メスのラットをめぐって喧嘩をしたり、交尾をしたり、こうした仲間との活動に勤しんだ。もちろん、中にはヘロイン入りの水を飲んだラットもいる。

しかし、ヘロイン依存症にはならなかった。驚くべきことに、ヘロイン依存症になったラットをこの檻に入れると、このラットも仲間との活動や遊びなどに熱中し、ヘロインに見向きもしなくなった。

この実験で何がわかったか。ヘロインはそれ自体で強力な依存性を持つ薬物であるが、ラットが依存症になってしまうのは、ヘロイン単独の作用だけではなく、そこに孤独や退屈という要因が加わっていたということだ。

これは人間にも当てはまる。周りの人とのつながりを持ち、意味のある活動をしている人は、薬物の誘惑があっても、そもそも見向きもしないし、依存症にもなりにくい。

つまり、「依存症(アディクション)」の反対語は、「断薬」でも「強い意志」でもなく、「つながり(コネクション)」だということだ。

 

薬物依存のみならず、酒、ギャンブル、買い物、ネットゲーム、セックス、こうした「依存症」に陥るのは、コミュニケーションが下手で、人とうまくつながることができないうえ、孤独や不安などネガティブ感情にとても弱い人が多い。しかも、彼らはそうした感情に対処するための方法のレパートリーが極端に少ない。

たとえば、誰だって落ち込んだり、不安になったりするが、そうしたときには「コネクション」が救ってくれるし、無意識のうちにいろいろな対処(これをコーピングという)をしているものである。誰かに相談をする、美味しいものを食べる、カラオケに行く、風呂にゆっくり入って早目に寝るなど、対処はいくらでもある。

おそらく、清原氏の場合、かつては野球でのストレスを野球で晴らすという、ストイックな彼ゆえのネガティブ感情の晴らし方をしていたのであろう。

しかし、引退をしてぽっかりと大きな穴が開いてしまったとき、もはや野球は救いにはならない。その奈落のような深くて黒い底なしの穴を前にして、「孤独の檻」の中で救いを求めたものが、覚せい剤しかなかったとしたら、それはあまりに悲しいことである。