本当に芸能人は「奴隷契約」を結ばされているのか

音事協「統一契約書」の真実(前編)
田崎 健太 プロフィール

「育成」なくしてスターなし

1986年12月から始まった統一契約書作成プロジェクトチームの中心になったのが、音事協顧問弁護士の錦織淳である。

「芸能プロダクションは労働者派遣業務ではない」と通産省と労働省から認定されたことは、極めて重要だったと錦織は振り返る。

「日本の音楽芸能プロダクションは、戦後間もないころの進駐軍クラブへのプレーヤーの紹介から始まりました。これは有料職業紹介事業でした。しかし、その後は近代プロダクションへと、日本独自の発展を遂げています。行政がそれを公式に、そして法的に認めたということになります」

統一契約書作成の上で最も議論となったのは、プロダクション業務の定義、アーティストとプロダクションの関係だった。

「先の文書で芸能プロダクションが労働派遣業ではないことは確定しました。では、アーティストとはどういう関係にあると定義すればいいのか。我々が到達した結論は、プロダクションの業務はアーティストと共同作業を行なって、パブリシティ価値を生み出す、あるいは高めることだ、というものです。

パブリシティ価値というのは、誤解を怖れずに言うならば『商品価値』と言い換えてもいい。アーティストとプロダクションは、あくまでも同じ方向を向いて共同作業をするのであり、対立関係にはない。それぞれの持ち場で役割分担をして、アーティストの商品価値を高めていく」(錦織)

欧米では基本的に、自力で演技力や歌唱力を磨き、オーディションなどを勝ち抜かなければ俳優や歌手、モデルにはなれない。

一方で日本の芸能界では、前述したように、たとえプロダクションに所属した時点では何の芸も持たない素人でも、その後のプロダクションによる「育成」次第でスターになれる。音事協の会員各社のみならず、日本の芸能プロダクションのビジネスは、すべてこうした前提に立っている。ジャニーズ事務所のビジネスモデルは、その最たるものだろう。

タレントや歌手、アーティストが物になるかどうかは、本人の実力だけでなくプロダクションの力量に負うところも大きい。それゆえに、サラリーマンのようにただ「辞めたいから」「移籍したいから」といった理由で、芸能人がプロダクションを離れることは難しいのだ。

では、芸能プロダクションの仕事、アーティストの仕事、そして「両者が協力して高めていく」というタレントの「商品価値」とは、一体何なのだろうか。実は、音事協の統一契約書には、こうしたことがらが明文化され、定義されている。契約書の中身を見ることができるのは、これを実際に使用する加盟プロダクション関係者に限られるが、冒頭でも明かしたように、筆者の手元にはその現物がある。

後編では、いよいよその具体的な条文を見てゆこう。

                         (文中敬称略。後編に続く)