本当に芸能人は「奴隷契約」を結ばされているのか

音事協「統一契約書」の真実(前編)
田崎 健太 プロフィール

芸能事務所は「派遣業者」ではない

1980年3月には、音事協は通商産業省によって社団法人に認可され、会員も56社まで増えていた。そして翌81年6月に、最初の統一契約書「専属芸術家統一契約書」を作成している。ただし、これは全9条からなる簡素なものだった。

音事協にとって大きな転換点となったのは、1984年だ。

1973年の第一次オイルショック以降、日本企業は正社員採用を抑え、派遣社員を増やす傾向にあった。そこで1984年、政府は「労働者派遣事業法案」の制定と、「職業安定法案」の改正に着手した。

驚くべきことに、それまで芸能プロダクションは、「有料職業紹介事業」に区分されていた。テレビ局などの要求に応じる形で、労働者、つまり自社に所属する芸能人を「紹介」する事業だ、とみなされていたのである。

「職業安定法」の第4条では、「職業紹介」についてこう定義している。

〈供給契約に基づいて労働者を他人の指揮命令を受けて労働に従事させること〉

しかし、「タレント、アーティストのマネージメント業務は、テレビ局やレコード会社などが欲しがる人材をただ紹介するという単純な仕事ではない」という声が音事協内部から上がっていた。なにより有料職業紹介業には「人身売買」を連想させる負の印象があった。それを払拭したいと音事協は考えていたのだ。

音事協は労働省と折衝を重ねた。そして1986年4月、音事協に通産省産業政策局と労働省の連名の文書が届く。そこには〈音事協会員が行っている業務は、請負業務であり、労働者派遣事業および有料職業紹介事業のいずれにも該当しないことを徹底するように〉と書かれていた。

音事協によるロビー活動が実り、芸能プロダクションはようやく正式に「職業紹介事業ではない」と認められることになったのだ。

「芸能プロダクションは、人材派遣業者ではない」と国が認めてくれた。次は、「芸能界には、ろくに契約書も交わさない、前近代的な労働システムがはびこっている」という世間のイメージを是正しなければならない——こうした流れの中で、現行のものに連なる新たな統一契約書の作成が始まった。