「芸能界のドン」に対峙する男の壮絶な告白記

~狼と呼ばれて
伊藤 博敏 プロフィール

「全部受けて立つ」

笠岡氏と周防氏との関係は、松方弘樹の息子を周防氏に預ける相談をしたところから始まっているという。その暴力団と芸能プロ社長の通常の緩やかな関係が、抜き差しならないものになるのは、2001年、二度に及んだバーニング事務所銃撃事件の対策を、周防氏が笠岡氏に頼んでからだったと語る。

以降、親密となった両氏は、千葉県で産業廃棄物処理場を一緒に手がけることになり、その事業失敗によって袂を分かち、株券、不動産、債権を巡って激しく争うようになる。

 

笠岡氏は、ブログで激しく攻撃、周防氏は沈黙を守った。今回に限らず、周防氏がマスコミに登場することはほとんどない。ただ、私は、周防氏の話をどうしても聞きたかった。

それは、コメントを取るというレベルではなく、戦後芸能史の「生き証人」として、また義理人情を大切にする芸能プロの社長として、「芸能界と暴力団」の変化をどう受け止めているかを聞きたかった。

取材に応じることが、「笠岡氏の土俵で戦うことになる」と、危惧するのは理解できたが、誰もがネットのブログやSNSで情報発信できる時代に、反論しなければ、それが通説となる。先の文春報道だけではなく、大日本新政會のブログが火付け役となった記事は少なくなかった。

しかし、結果的に取材には応じてもらえなかった。周防氏の周辺や代理人を通じた正式な取材依頼も叶わず、ネットバブルの頃、音楽配信事業会社の上場をめぐって、話をしたこともある周防氏から直接の電話ももらったが、それは断りだった。

「あなただけではない。記事にしたい、本にしたいといろんな人がいってくるが、私は表に出るつもりはない」

周防氏を「芸能界の全代表」と捉えていたわけではないし、笠岡氏を始めとする暴力団との関係だけを書くつもりではなかったが、「芸能界のドン」を外しては、企画は成り立たない。書籍化は、諦めるしかなかった。

だが、「狼侠」は、諦めない。目的も意図するところも違うのだから当然だが、ネットのブログから書店でも購入できる書籍となったことで、これまで無視していた周防氏も名誉毀損訴訟を起こすかもしれず、その警告文は既に笠岡氏のもとに届いている。

取材記者など第三者のフィルターを通していないだけに、内容は直截、かつ過激だ。訴訟になると立証責任を求められる笠岡氏は厳しいが、「受けて立つ。全部、私が体験したこと。(録音)テープなど証拠はすべてある」(笠岡氏)と、意に介さない。

「芸能界と暴力団」は、昭和を彩る歴史であり、その検証と分析は、暴力団という存在が失われようとしている今、欠かせない。その有力な歴史の手がかりが、無機質な法廷で争われるのは残念であり、周防氏には、やはり今も証言していただきたいと思っている。