男性至上イデオロギーが支配したオリンピックの「黒歴史」

東京五輪で「男女平等」は実現するか?
森田 浩之 プロフィール

女子の参加は忌まわしい?

近代オリンピックの歴史は、その高邁な理想とは裏腹に、女性の「排除」から始まっている。クーベルタンは、女性がオリンピックに参加することをまったく考えていなかった。

第1回アテネ大会(1896年)では、女性の参加が禁じられた。第2回パリ大会(1900年)では参加が認められたが、それもオープン参加のような形で、IOCが公式に同意したわけではなかった。種目もテニスとゴルフという「女性らしい」ものに限られ、全出場選手997人のうち女性は22人にとどまった。

第1回アテネ大会「100メートル」の様子〔PHOTO〕gettyimages

より公式な形で女性が参加したのは、第4回ロンドン大会(1908年)が初めてだったが、女子選手の待遇は男子よりはるかに低かった。IOCは女子にはメダルを与えず、賞状だけですませた。

初期のオリンピックは、いま私たちが知るイベントとは相当に違うものだったようだ。

 

女子選手が冷遇されていたことについては、当時の社会状況の反映だという見方もあるだろう。第1回大会が開かれた当時は、クーベルタンの母国フランスでも女性には参政権がなかった。女性の社会的地位はまだ低かったのだから、オリンピックに女子選手が少なかったのも当然ではないのか……。

もちろん、そうした要素もあるだろう。しかしオリンピックへの女性の参加が進まなかった背景に、クーベルタンの意固地な男性至上イデオロギーがあったことは否定できない。

クーベルタンが残した文書には、女性への性差別的な言及がたびたび見られる。

「オリンピック競技は男性によって保有されるべきであると、私は感じている」
「男性の参加しているすべてのフィールド競技への女性の参加を禁止する」

クーベルタンにとって、スポーツとは「愛国心と軍人精神に結びつき、本質的には男性のするもの」。そこへ女性が加わるのは、彼にしてみれば忌まわしいことだった。

オリンピックで女性がなすべき役割はほかにあると、クーベルタンは考えていた。たとえば男性の勝者に冠を授けることだと、彼は書いている。