提供:MHD
名著『モルトウィスキー・コンパニオン』をひも解き、マイケル・ジャクソンの採点をみると、タリスカー10年 には、90点というハイスコアがつけられている。今回、ボブが持参したタリスカー57°ノースには、86点がついている。
この日は、MHDの社内バーにほかのイベントの予定が入っていたため、気分転換も兼ねて、広尾のスコティッシュパブ「ヘルムズデール」に繰り出した。ここはスコットランド産のキッパー(ニシンの燻製)やハギス(羊の内臓を羊の胃袋に詰めて茹でたスコットランドの伝統料理)が食べられる貴重なバーである。
そして今回のお客さまは、岸本泰さん。現役時代には英国に住んだ経験があり、仕事でも趣味でも多くの蒸留所を実地に経巡った御仁である。岸本さんは、この日、スコットランドの民族衣装、キルトを着て颯爽と現われた。
(構成:島地勝彦、撮影:立木義浩)
* * *
ボブ: 岸本さん、キルトがじつにお似合いです。よっぽどスコットランドがお好きなんですね。
岸本: ありがとうございます。柄と色が違うものを3着持っているんです。
ボブ: ではみなさん、本日はタリスカー57°ノースの試飲をやりましょう。まずはお決まりのポーズで写真を撮りますよ。
グラスのベースを指で摘んで、思いっきり前に突き出します。グラスを時計の針だと思って、自分からみて10時ぐらいの位置に構えてください。そして自分の顔を逆方向、2時の方向に倒してください。
立木: シマジ、首をもうちょっと倒せないのか。もっと下。まったく、これだから老人は撮りたくないんだよ。
シマジ: まだ頸椎症の後遺症があるのかなあ。これでいいですか。
立木: はい、はい、そのまま笑って、OK、サンキュー!
シマジ: ではいつもの合言葉で乾杯といきましょうか。スランジバー!
全員: スランジバー!
岸本: ほほう、これがタリスカー57°ノースですか。いい香りです。うん、美味しい。一見スパイシーでクールな味わいですが、馴染んでくると、和の甘さが出てきたり、絶妙な出汁が顔を覗かせたり、複雑な表情を見せてくれるところが面白いですね。「塩対応する不思議な女性」といった印象です(笑)。
そしてこれはまさしくノンチルフィルタード(冷却濾過)ですね。加水するとこんなに濁ってしまうんだ。
シマジ: ボブ、どうしてこんなに濁るんですか?
ボブ: 岸本さんがおっしゃるように、ボトリングの時に冷却濾過をしていないので、ウイスキーのなかに溶け込んでいる脂肪酸が割り水のミネラル分と結合することで、こういうふうに濁ってしまうんです。
ヒノ: でもタリスカーも洒落ていますね。北緯57度に蒸留所が位置するものだから、その度数に合わせて57°ノースっていう名前の商品を作るんですから。しかもアルコール度数も57度で。
ボブ: まあ、日本的に言えば、いわゆる、ダシャレですね。
シマジ: 岸本さんはシングルモルトラバーの間では有名は方なんですが、以前、ご自身でバーをやろうと思って、4000本ものシングルモルトを持っていたそうですね。
岸本: はい。一時はあちこちからかき集めていました。
ボブ: それは何年ぐらい前の話なんですか。
岸本: 自分のバーをやろうと思って本気で集め出したのは、1998年からです。
シマジ: 19年前ですね。そのころはまだシングルモルトは安かったでしょう。
岸本: いやあ、もう結構いい値段になっていましたよ。たとえばグレンフィディックの50年を買おうと思ったんですけど、「うわぁ、100万円もするのか!」ってビックリして、諦めたことがありました。でも、それから2005年くらいまでは、ゴソゴソ買っていましたね。
シマジ: 7年間で4000本ですからね。ゴソゴソ買わないと無理ですよね。
岸本: 懐かしいですね。いまやぼくも年金生活者ですから、バーで一杯3万円のウイスキーなんか飲めないですよ。ハーフでも1万5千円でしょう。
シマジ: 今日のタリスカー57°ノースは安いですよ。
岸本: シマジさんが安いと言っても、にわかには信じられません。でも、私の知らないところに、こんなに美味しいモルトがあったんですね。
シマジ: ボブ、これはいくらしましたっけ。
ボブ: 9,800円です。岸本さん、この味で1万円を切っております。
岸本: すばらしい! エイジングはどれくらいですか。
ボブ: これはノンエイジステイトメントなので、いろいろな年代のものが入ってるんです。
岸本: それは分かるけど、ここだけの話、メインは何年くらいのものなの?
ボブ: ぼくも毎回、マスターブレンダーに訊くんですよ。
岸本: でも、教えてくれない?
ボブ: 教えてもいいけど、そのあと“I have to kill you”って言われちゃうんです。
シマジ: ということはつまり、ボブの大好きな「企業秘密」ということだね。