統計学を駆使して占う、稀勢と高安「名古屋場所のゆくえ」

データは照ノ富士有利を示すが…
鳥越 規央 プロフィール

入門当初は学生相撲出身が強い

さて、入門者のなかで学生相撲出身の力士は216人(平成28年5月時点)、そのうち関取になったのは116人。実に53.7%が昇進していることになる。全入門者のうち関取昇進者は7.9%しかいないのに、学生相撲出身者はその7倍もの確率で昇進を果たすのである。

学生相撲出身の力士の特徴は、技術的な巧さを持つことだという。学生力士が出場するアマチュア大会の多くはトーナメント戦なので、彼らはそこで一発勝負に勝つための相撲を身につけてくる。だから、角界入りしても「勝つ技術」を発揮できるということのようだ。

ただ、そんな学生相撲出身者といえども、大関以上に昇進できたのは8人で2.7%、横綱にまでなれたのは2人で0.9%。他の入門者と大差ない。学生相撲出身者の横綱昇進は旭富士以来27年ないし、大関も琴光喜以来現れていない。学生時代の経験で勝てるのは、ある程度までに過ぎない、ということも言えるだろう。

 

とはいえ、相撲や他のスポーツ、将棋や囲碁、芸事の世界などにもことごとく言えることだが、幼少のころから基本を習得させるとともに、心理面で大きく成長する時期に心がまえなども含めて徹底的に教育することは、その道のトップを育てるのに不可欠だ。

そうした考え方と重なるところがあると思われるが、角界では出身にかかわらず、「今度の大会に勝つための稽古」ではなく「3年先に強くなるための稽古」が行われると聞く。

「小兵力士」石浦や宇良の可能性

横綱大関が相撲人気を牽引し、それを追う中堅が伸びてきている。そこに華を添える業(わざ)を持つ、石浦や宇良のような力士が、今場所も会場を沸かせてくれるだろう。最後に、彼らのような「小兵力士」にも触れておきたい。

幕内力士の平均体重の推移データを以下に示す。

昭和28年 昭和40年 昭和52年 昭和57年
114.5kg 123.3kg 130.9kg 140.4kg
平成3年 平成9年 平成17年 平成25年
150.5kg 159.5kg 148.8kg 162.4kg

20年前の関取には、舞の海、智ノ花、旭道山、維新力といった体重100kgに満たない力士が名を連ね、大きな力士に対して多彩な技で土俵を沸かせる光景がよく見られた。「技のデパート」と呼ばれた舞の海は、幕内時代に33種類の決まり手をくり出した。

「技のデパート・モンゴル支店」と評された旭鷲山は、舞の海の上を行く49種類の決まり手を披露した。実は、モンゴル出身の力士は、朝青龍が46種類、日馬富士が44種類,白鵬は42種類と、舞の海以上に多彩な技をくり出していることが明らかになっている。

現在、軽量級で活躍する石浦は26種類、宇良は22種類である。多様な技をくり出すためには、巧みさだけでなく、スピードやパワーも兼ね備えることが必要なのだろう。石浦も宇良も大学相撲経験者だが、プロとしてここから体力増強に磨きをかけることで、よりいっそう業師としての本領を発揮できるようになるはずだ。

ただ、石浦や宇良、モンゴル力士の存在にかかわらず、近年の相撲は、華麗な技で魅せる力士が減ったように感じる。

実際、データを見てみると、40年前にすべての決まり手のうち5.9%を占めて4位だった「つりだし」は、力士の体重増加に伴い、くり出される回数が大幅に減った。平成25年は2回だけだった。

また、40年前にランクインしていた「そとがけ」をはじめ、「うちがけ」「けたぐり」「けかえし」「こまたすくい」といった「かけ技」も、近年ではほとんど見ることができなくなっている。

力士の大型化によって、技能系の力士が土俵上で技をくり出すためのスペースが少なくなり、そのため技を出す前に寄り切られたり、はたきこまれたりすることが原因の一つと考えられる。

 

お願いだから土俵を広げてください

せっかく相撲人気が高まり、多くの耳目がまた大相撲に集まるようになった昨今、ここは大胆な改革案を打ち出して実行する機会ではないか。筆者は「小よく大を制する」相撲で魅せるための改革案として「土俵を広くする」ことを提案したい。

「そんな相撲の歴史を変えるような改革はムリでしょ」とお思いの方もいらっしゃるだろうが、実は土俵の直径を大きくした前例はあるのだ。

昭和6年の夏場所、それまで13尺だった土俵の直径が、15尺(4.55m)に変更された。力士の大型化に伴い、より激しい攻防を見てもらうために断行されたと言われる。

日本相撲協会の皆さまには、ぜひ土俵を15尺から17尺へと広げ、力士たちがより多くの技をくり出す余地を与えていただきたい。相撲熱がより高まること請け合いだ。