「若くて健康な女性の仕事」というイメージを覆す
わたしの本はその後出版元が変わり、多くの人の手を借りて、無事この世に誕生し旅立っていった。わたしは大仕事をやり遂げて燃え尽き、しばらくヘラついていたけれど、ある日「で、これから、どうするの?」と猛烈な焦りを感じた。
36歳、独身、乳がん、結婚の予定はおろか出産の予定もないけれど、あの日心から望んだ通り、わたしは何も終わっていない。人生は続いていく。
この経験には価値があったと証明したい。そして社会の中で独り歩きしている現実から乖離したがん患者のイメージを次のステージに昇華することに寄与したい。そこでわたしは客室乗務員になろうと考えた。

は? なんだ、コイツ? と思った方、正解です。わたしも我ながら何考えてんだ、と思います。ただもう少しだけお付き合いいただきたい。
客室乗務員のパブリックイメージの1つに「若くて健康な女性がやる仕事」というものがある(ような気がする)。それをたいして若くなく、乳がんの治療歴のある女が実際に出来たら、それこそ何かが少し変わるのでは、と考えた。
すべての航空会社は客室乗務員に対して「航空機乗務に際し必要な体力を有し、呼吸器、循環器、耳鼻咽喉、眼球、腰椎等に支障がないこと」という基準を設け、航空身体測定を実施している。その検査をパスすれば「健康上の問題はない」というお墨付きをもらえることと同義だ。
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複数回の面接と試験を経て、内定を報せる電話があったこの日にあふれた涙はここ数年の流した涙と明らかに種類の違うものだった。我ながら話が出来過ぎているように思うが、内定式の日程は、6年前の左乳房切除手術の日と同じだった。
手術の日にはその6年後に、某ブランドのお針子さん達に客室乗務員の制服の採寸をしてもらうだなんて、想像すらできなかった。
生きているって、すごい。それだけで可能性の塊だ。そう心から感じ、震えた。
2ヵ月に及ぶ訓練では、10年以上の社会人経験が気持ちいいほど役に立たなかった。30代特有の体力の落ち具合、記憶力の弱さがあらわになり、10歳以上年下の同期たちに交ざって右へ左へと息を切らして走る日々。
アラフォーになりテストの点数をみんなの前で発表されて怒られる。年の功どころか、年齢と経験が無用の長物であることを認めざるを得ない日々は、まさに人生の妙味だった(涙目)。