義足の選手がオリンピックに出たらダメな理由は何ですか?

健常者が心の中に持つ「ある意識」
乙武 洋匡, 遠藤 謙 プロフィール

健常者に勝つとマズいことに…

乙武 アスリートの場合でも、障害の状態によるのでしょうか。一般的には片足だけでも生身の肉体が残っていたほうが体を動かしやすいように思われがちですが、実際にアスリートにお話を聞いてみると、「両足とも欠損していたほうが走りやすい」という声も聞こえてきます。

遠藤 片足だけが義足だと、バランスを取るのが非常に困難なんです。たとえば両足大腿切断と片足大腿切断のアスリートが競走すると、100メートルでは片足義足の方が速いのに、200メートルではこれが逆転するんです。両足とも義足の方が、後半の伸びがいいんですね。

乙武 ということは、両足ともない私の身体は、義足競技において理想的とも言えますね(笑)。

遠藤 不謹慎かもしれませんが、欠損部分は新しいテクノロジーを組み込む“余白”であるという考え方もできます。義足のアスリートといえば一昨年、IPC陸上世界選手権の男子走り幅跳びで、ドイツのマルクス・レーム選手が8m40cmを跳んで話題を集めました。

乙武 ロンドン五輪の金メダリストの記録が8m31cmでしたから、いよいよパラリンピックの記録がオリンピックを上回る時代がやってきたと話題になりました。

遠藤 これは当然の流れだと思います。2008年の北京五輪の際には、やはり義足のスプリンターであるオスカー・ピストリウス選手を出場させるかどうかが大いに議論されました。

結局、当時の世論に後押しされ、ピストリウス選手は無事に五輪出場を果たし、準決勝進出という快挙を成し遂げましたが、技術者目線でいえば出場させるべきでなかったと思っています。義足と生身の選手が勝負すると、ゆくゆくは義足の選手のほうが圧倒的に有利になってしまいますから。

乙武 なるほど。当時からすでにレーム選手のようなケースは予見できていたわけですね。

遠藤 そうですね。実際、ピストリウス選手の走りは健常者とはまた違った走り方をしていますが、美しく、力強いピッチです。いわば、テクノロジーの力によって、生身の体ではできないことができるようになっているんですよ。

乙武 なるほど。しかし、レーム選手はドイツ国内の健常者の大会で優勝しながら、約束されていた欧州選手権への出場は認められませんでした。これは、「思っていたよりも強いからダメ」という後出しジャンケンのようで、フェアではないと思うんです。

言葉を選ばずに言えば、ピストリウス選手のオリンピック出場が美談として扱われたのは、あくまで準決勝止まりだったから。もし彼が決勝まで進出したり、今後オリンピックで金メダルを獲得するようなタイムの選手が登場したりしたら、間違いなく物議を醸しますよね。

 

遠藤 同感です。皆、心の中では「障害者より健常者の方が上」という意識があるから、「記録が逆転してしまうとまずい」となってしまう。おそらく、今後は義足の選手オリンピックに出場することは難しくなっていくのではないでしょうか。技術のさらなる発展に伴い、今後はいっそう厳しく区分けされることになると思います。

乙武 障害者が健常者に競り勝つというのも、下克上のようで面白いのですけどね。ちなみに、私は大腿部分が少しだけ残っているのですが、最新の義足でもこれだけあれば装着できるものですか?

遠藤 勝手で恐縮なのですが、じつは以前、総務省の「異能vation」という研究助成金に向けて、「乙武さんサイボーグ化計画」というプロポーザルを書いたことがあるんです。

今後目指すべき身体補助技術を示すために、乙武さんの身体の自由度をどれだけ上げられるかをまとめたものでした。義足で歩くための筋力を養うリハビリは必要でしょうが、乙武さんは十分歩けるようになると思いますよ。

乙武 それは面白い! 運動神経は悪くないほうだと思うので、今の技術で何をどこまでやれるのか、個人的にも興味があります。いつかその計画が実現する日に備えて、お腹が出ないよう気をつけておきますね(笑)。

(後編はこちらから)