ザッカーバーグがハーバード大でのスピーチに込めた本当のメッセージ

これは歴史にのこる「建国宣言」だ
池田 純一 プロフィール

ベーシック・インカムの何が問題か

ハラリによるベーシック・インカム批判は、コスモポリタン的転回がいかに困難であるか、そして、方法論的ナショナリズムがいかに強固に私たちの思考を枠付けているか、理解する上で格好のものである。

ユヴァル・ノア・ハラリユヴァル・ノア・ハラリ〔PHOTO〕gettyimages

イーロン・マスクが典型だが、ここのところのシンギュラリティ論議の中で、AIによる雇用機会の喪失への救済策としてベーシック・インカムの導入を主張する経営者やエコノミストが散見される。

だがハラリはこの動きに対して懐疑的だ。彼は「ベーシック・インカム」という表記ではなく、オリジナルの“Universal Basic Income”という名称にこだわり、その下で主に次の二点から疑問を呈している。

まず、多くのベーシック・インカム論議の中身が、「ユニバーサル」ではなく「ナショナル」なものになっていること。

すなわち、暗黙の裡に“(Universalではなく)National Basic Income”の検討に陥っており、そこでは、支給者は既存の(国民国家的)政府、受給者はその政府が統治する国民に限られる。しかし、すでに経済活動が十分グローバル化している現代において National は Universal たり得ないのではないか、と疑問を投げかける。

ここでハラリが Universal と言っているものは、国境にとらわれないという点で、コスモポリタニズムと地平を共有する。

もう一点は、Basicの中身の問題で、端的に何をベーシックなものして認めるのかという問題だ。

人間の欲望が他者の欲望として構成されることを考えると、一国の中でもBasicの中身で議論を呼ぶことは必至だが、その上でひとたびUniversalという観点から国境を外して検討しようと思おうならば、そこから生じるであろう議論の錯綜ぶりは想像に難くない。

ハラリ自身は、新著“Homo Deus”の中で明らかにしているように、シンギュラリティ的未来の到来には懐疑的だ。だが、だからといって「AIが仕事を奪うのであれば、その損失をベーシック・インカムで補おう」という議論に与するわけでもない。

むしろ、ベーシック・インカムという「解決策」がなんとなく社会的合意になることで、シンギュラリティ的未来をもたらす技術や事業の開発の是非が不問に付されることの方を憂慮している。

 

この論点も実はベック的だ。というのも、ベックが「コスモポリタニズムへの転回」を論じた際のきっかけの一つが「気候変動(climate change)」の問題であり、そこでも「地球全域に亘る問題」を国民国家単位で対処しようとするところに難点があった。

AI開発の果てにあるシンギュラリティについても、そのグローバル経済体制への影響から同種の国家を超えた議論が必要であり、それゆえハラリも、Universal ではなく National な問題設定にいつの間にかすり替えられていることに強い疑念を抱いているわけだ。

そのような問題意識にしたがえば、当人たちにとってはその気はなくとも、無意識のうちに方法論的ナショナリズムに依拠した思考の枠組みの中でエンジニアとエコノミストとの共闘が行われていると見ることもできるのだろう。

AIの開発を推進するにあたって、あらかじめネガティブ要因を排除しておきたいエンジニアと、政策形成の専門家として事前に対処方法を論じることが仕事のエコノミストによる共闘である。「解決策」が確実にあるかのような印象を一般に与えてしまうのもハラリたちが気にするところだ。

実際のところ、ベーシック・インカムの議論は、シンギュラリティの話題が生じる以前からあったもので、むしろ本音の部分では積極的にシンギュラリティを推進したい投資家・起業家たちの間で、将来的な非難をあらかじめ避けようと「解決策」を探していたところで飛びついてしまった……というぐらいの話なのではないかと思えてしまう。

そしてまさにこの状況が、ベックが「変態」として論じようとするところだ。

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