芥川賞作家・山下澄人さんが明かす「僕の読書体験」

小説はそれほど読んでいなくて
山下 澄人 プロフィール
ハックルベリィ・フィンの冒険

ここで紹介した二つのタイプの作品群は僕にとって車の両輪のようなもので、どっちも好きだしどっちも必要。映画で言えば、ゴダールと『ロッキー』が両方好きなんですね。二つには相いれないところもあるけれど、同時に、僕には共通の回路も見えている。しかし、それを一言で言い表すことはできないから、小説を書いて表現したいと思っているんです。

僕は、「その人にしか見えていないもの」がわかったら、どんな人でも小説が書けると考えています。そもそも人が見ているものって、一人一人全然違って、他人からしてみれば、恐るべき見え方をしているかもしれないんです。

 

けれども多くの人は、社会や文化によって、「普通」のものの見方に統制されていく。が、統制されにくい人はいて、例えば『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕』は謎の星間実業家エルドリッチが新種のドラッグを携えて太陽系に帰還するというとてつもなく面白い小説。

パーマー・エルドリッチの三つの聖痕

これを書いたディックの目には、この世界が、ドラッグに酔った人や宇宙人がウヨウヨしているように見えていたと思うんです。

僕も自分が見ているものが人と全然違うことがあって、矯正しようとしましたが今は諦めたというか、開き直った(笑)。普通なら劣等感にしかならないことが、創作にとっては種になると気付いたからです。

(構成・文/砂田明子)

▼最近読んだ一冊

生きて、語り伝える「マルケスは子どもの頃から嘘つきと言われていた。話は全部面白いけど、だいたい嘘だと(笑)。とはいえ、そもそも記憶は人と同じになりようがないし、正しいかどうかより、その人がどう記憶しているかが面白いんです」

山下澄人さんのベスト10冊

第1位『ペドロ・パラモ
フアン・ルルフォ著 杉山晃・増田義郎訳 岩波文庫 600円
父を探して辿り着いたのは現在と過去が交錯する死者の町だった。ラテンアメリカ文学ブームの先駆けとなった名作

第2位『
フランツ・カフカ著 前田敬作訳 新潮文庫 890円
測量師Kは伯爵の依頼で村を訪れるが、伯爵は城の門を開こうとしない。疎外された人間の姿を炙り出す未完の長編

第3位『百年の孤独
G・ガルシア=マルケス著 鼓直訳 新潮社 2800円
「同じ南米小説でも、『ペドロ・パラモ』に比べて、これは凄く売れた。書き方や考え方の違いを比較しても面白い」

第4位『ベスト版 人間喜劇
ウィリアム・サロイヤン著 小島信夫訳 晶文社 1800円
「翻訳はサロイヤンに惚れ込んだ小島信夫さん。小島さんのあとがきも素晴らしい」

第5位『パーマー・エルドリッチの三つの聖痕
フィリップ・K・ディック著 浅倉久志訳 ハヤカワ文庫 1060円
新種のドラッグを携えてエルドリッチが宇宙から地球に帰還、そこから悪夢が始まった

第6位『ハックルベリイ・フィンの冒険
マーク・トウェイン著 村岡花子訳 新潮文庫 670円
「ハックルベリイが黒人奴隷のジムと共に逃げようと決意する、そのシーンに感動した」

第7位『がんばれ元気』全28巻
小山ゆう著 少年サンデーコミックス 入手は古書のみ
死闘の末に帰らぬ人となった父の夢のために、元気はプロボクサーを目指して突き進む

第8位『なにもない空間
ピーター・ブルック著 高橋康也・喜志哲雄訳 晶文社 1800円
「空間を一人が横切り、もう一人がそれを見れば演劇は成立する。影響を受けた演劇論」

第9位『ゴドーを待ちながら
サミュエル・ベケット著 安堂信也・高橋康也訳 白水Uブックス 1200円
救済者ゴドーを待つ2人の浮浪者の元に現れた見知らぬ3人の男。不条理演劇の傑作

第10位『ピダハン「言語本能」を超える文化と世界観
ダニエル・L・エヴェレット著 屋代通子訳 みすず書房 3400円
「アマゾンの少数民族・ピダハンには直接話法しかなく、夢と現実の区別がない」

週刊現代』2017年7月8日号より