タイ「性転換手術ツアー」最新事情〜本当の性を生きたい人たちへ

アレを作るのに400万円…!?
石井 光太 プロフィール

横須賀さんはタイに渡って一から言葉を勉強して工場設立のために奔走した。現地の恋人もできた。だが、工場はわずか3年で閉鎖されることになり、横須賀さんは身の振り方を迫られることになった。

日本に帰国したところで家族はいない。ならば、タイに残って第二の人生をはじめてはどうだろうか。そんな考えが脳裏を過ぎった。

2004年、横須賀さんは一念発起して、タイ国内でホームページ制作会社を立ち上げた。当時はまだタイ国内でインターネットが普及して間もなかった。日本企業や日本関連の会社から作成の依頼がくるはずだと予測していた。

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ところが、見込みは外れてしまった。企業からの仕事依頼はまったくなく、営業に出向いてもけんもほろろに追い返された。中年男性が起こしたホームページ作成サービスには、誰も見向きもしなかったのだ。悪いことは重なるもので、同じ頃、会社を興して間もなく再婚したタイ人の妻が自動車事故で亡くなるという出来事が起きた。

それでも運命の女神は彼を見捨ててはいなかった。失意の底に叩き落されていた矢先、横須賀さんの元に日本から一通の手紙が届いたのである。それはLGBTの人からで次のように記されていた。

「タイで性転換手術を受けたいと考えています。現地で手術のコーディネートしていただけませんか」

ホームページ制作会社のサイトに、横須賀さんは自分がバンコク在住であることを書いていた。その人物はそれを見つけて連絡してきたのだ。

横須賀さんは性転換手術はもちろん、医療事情については無知も同然だった。だが、どんなことでも仕事にしなければ、会社が倒産してしまうのが明らかだった。それで、必死になって本を読みあさり、現地の友人に聞き、市内の病院を回って人脈を作り上げ、手術のコーディネートを請け負うことにした。

日本のLGBTの評判に

これが評判になったのだろう。日本に暮らすLGBTの人々からも同じような依頼が集まるようになった。逆に言えば、それだけタイで性転換手術を受けたいと願っている人たちは多かったのだ。

 

横須賀さんは引き続き依頼を受けるとともに、少しずつ自分なりに現地の人脈や知識を広げていった。そして性転換手術だけではなく、タイでの着床前診断による産み分けなど他の医療分野のコーディネートも手がけるようになり、現在の会社を新たに立ち上げたのである。

横須賀さんは語る。

「日本人が手術を受けたいと言っても、何も知らない状況では難しいです。どこの病院がいいのか、どの医師がいいのか、いくらくらいするものなのか、トラブルがあった時に誰に相談すればいいのか……。ご本人にしてみれば、不安はたくさんあります。それを現地に通じている人が支えてあげることは重要なのです」

ただ、医療ツーリズムのエージェントには資格があるわけではない。ここ10年ほどの間にバンコクでは日本人エージェントが急増しているそうだが、会社としてきちんとやっているところもあれば、個人がつてをつうじてやっているようなところもあるという。