巨人ではなぜ若手が育たないのか、そのシンプルな答え

~楽天、広島にあって巨人にないもの
週刊現代 プロフィール

成長するまで待てない

今の巨人の主力の中にドラフトで指名された20代の野手は坂本勇人と小林誠司しかいない。巨人はなぜ若手を育て切れないのか。大田が巨人に入団した当時、ヘッドコーチをつとめた評論家の伊原春樹氏が振り返る。

「大田が入団2年目のとき、6月までにファームで10本以上本塁打を打ち、一軍にあがってきました。ですが、大田の打撃練習を見ていた原辰徳監督が、そのフォームをよしとせず、練習中から直し始めたのです。二軍で結果を出して昇格したので、まずそのままの格好で打たせればいいんですが……。

大田にとっては、原監督は東海大相模の大先輩にあたり、『原監督が言っていることは何でも正しい』と考えるのも、自然でしょう。

結局大田は結果が出ずに、すぐに二軍に戻ってしまった。その後、二軍の試合も見ていましたが、フォームがしょっちゅう変わり、自分の形を見つけられなかったのです」

原辰徳Photo by GettyImages

どんな指導者も、選手を上達させようと思ってアドバイスを送るが、その受け止め方は選手の性格によって変わる。球団はその個性を見極めて指導する必要があるのだ。伊原氏が続ける。

「身長1m88cmの大田は力強さもバネもある。素材は秋山幸二クラス。勇人(坂本)より足も速く、巨人の中でも、素質は勇人より上だったんじゃないかな。

ただ、ハートの強さが違う。勇人は、原監督が何か言ってきても聞き流せる強さがあるけど、大田はシュン、となってしまった。

大田みたいな選手は、入団してきたとき通りのサードで起用し、エラーをしても目をつむって育てたら、巨人以外の球団では自分を見失わずにレギュラーをとっていたでしょう」

松井の後継者と期待された大田は、数々のアドバイスを聞き入れようとして自分のスタイルを作れず、巨人を去った。'70年代から巨人を取材するスポーツライターの柏英樹氏が明かす。

「巨人の次代の4番は誰かと考えると、今は3年目の岡本和真ぐらいしか思い浮かばないんです。

古い話ですが、長嶋茂雄監督が誕生し、まだ王貞治さんが現役の頃、高卒の篠塚利夫(現・和典)が一軍に抜擢された。昼間に二軍の試合に出た後、一軍のナイターに合流する。一軍での出場は限られたが、篠塚は緊張のあまり、胃潰瘍になったんです。

必勝をめざす一軍の空気はそれぐらい緊迫感がある。岡本を4番として育てたいのなら、常に一軍に置いておく必要があると思います」

しかしそのようなことはまずない。人間は役割を与えられることで成長するが、巨人ではどんな才能の持ち主でも若手は〝未熟な若輩者〟としてしか扱われないからだ。

 

一方、成長途中の選手に実地で4番の責任を負わせることで、「4番の器」を作っているのが広島だ。それは鈴木誠也の起用法に表れている。広島の球団関係者が明かす。

「誠也を4番に育てることは、2月のキャンプ中から構想としてありました。緒方孝市監督の目指す野球観は打って、走って、守れる選手で、その象徴として誠也を4番に置きたかった。重責を担う実力があれば、22歳という年齢は関係ありません。

大役を任されたときに気負う彼の性格も考えて、開幕は6番でスタートしましたけど、4月末からずっと4番に据えています。

ただ緒方監督は去年まで4番だった新井(貴浩)やエルドレッドと最後まで競争させるつもりです。誠也に実力で勝ち取ってほしいのです」

6月11日の楽天戦の8回、3-3の同点に追いつき、なお好機が続いた場面で、4番・鈴木は三ゴロに倒れた。直後のベンチ裏は鈴木の叫び声と「バーン!」という衝撃音が響いたという。

鈴木は年長者の目など一切気にせず、好機に結果を残せなかった自分へのふがいなさを爆発させたのだ。昨季は遠慮がちだった鈴木が感情を露にする。与えられた地位が、その責任感を作っている。

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