数年前に、子供と大人のための怖い絵本を、という企画の依頼を引き受けて、ずいぶん長いことどんな話にするか迷っていた。
それまでにも、何度も児童文学の依頼はあったが、私は意識的に避けてきた。子供の本を書くのはとても難しい、と薄々感じ取っていたからである。それも、「絵本」というのは、文章がシンプルなだけに、相当高度な技術と感性を必要とする。
それでも引き受けたのは、私だけでなく、絵本というジャンルが初めてのエンターテインメント作家の皆さんが引き受けているシリーズ企画であるということと、絵本そのものは大好きだったので、この機会を逃したら、この先絵本を作る機会はまず訪れないだろう、と思ったからだ。とにかく、文字数は徹底的に切り詰めてシンプルなテキストにしよう、という目標を立てた。
さて、子供の頃、怖かったものってなんだろう。
田舎の祖父母の住む、古い日本家屋。小学校の渡り廊下。食べきれない給食。トイレにいるなめくじや虫。鏡。転校した初日、教室に入る時。つのだじろうの漫画。止まない雪。もっともっと、何か怖いものがあったような気がするのだが。
お話を考えている時というのは不思議なもので、常に頭のどこか、身体のどこかでお話を探し続けているのだが、それが形になるのはえてして不意打ちのことが多い。
それは、ある朝、唐突に起きた。
朝、目が覚めて、布団の中でもぞもぞしていて、まだ夢と現実の境目がはっきりしない、短い時間。と、同時に二つのお話が降ってきたのである。
今考えても、奇妙な体験だった。本当に、二つのお話が、絵本のテキストが、ほぼ同時に最後までくっきり頭の中に浮かんだのだ。
いったい脳味噌がどんなふうに働いているのかは分からないが、二つのテキストが脳内で重なりあうようにして、それぞれ開いたページに活字が浮かんでいるのを「見た」ことは覚えている。
あまりに自分でもびっくりしたので、慌てて起きて、パジャマ姿のままそのテキストをもどかしく手書きでノートに全文を書きつけた。忘れてしまわないうちに、早く早く。
それが『かがみのなか』と『おともだち できた?』である。「怖い絵本」企画の担当者には、二つの話を一緒に送り、好きなほうを選んでもらった。担当者は、同じ期に出る他の作品とのバランスで『かがみのなか』を選び、『かがみのなか』が出ることになった。