築地市場を「第二の新国立競技場」にしてはいけない

徹底議論・築地再生は可能か
中沢 新一, 森山 高至

「魚河岸性」を再設計する

中沢 この「営業しながら改修する」という手法は、最近は例えばJR新宿駅や渋谷駅のような駅のリニューアルでも実際に使われています。改修中は多少不便にはなりますが、利用できなくなるほどではないし、工事のノウハウもかなり蓄積してきているわけですよね。

森山 そうです。しかも、駅の工事と比べて築地が有利なのは、駅の場合は終電が終わってから作業を始め、始発が出る前には終えないといけないので、実質稼働時間は3~4時間しかありません。一方、築地市場は未明から朝がコアタイムですから、午前10~11時には工事を始めて、夕方6~7時までは作業できる。それに、築地に来る人は観光客を除けば、鉄道の乗客のような不特定多数の客ではなく業者や関係者ですから、ルールづくりもやりやすいでしょう。

中沢 そういえば、青果部の建物にはアスベストが使われていると聞きますが、これに関する工事はどうなんでしょうか。

森山 もちろん大丈夫です。そもそも築地市場内のアスベストは、すでに大部分が除去・交換されています。確かに青果部の駐車場には、鉄骨部分の耐火被覆としてアスベストが吹き付けてありますが、これにも固着処理がなされています。アスベスト除去の専門業者もいますし、当然ながら築地市場以外の古い公共施設でもアスベスト対策工事は行われていますから、一概に「アスベストがあるからダメだ」ということにはなりません。

 

中沢 築地市場の大きな魅力として、先にも述べた通り、やはり「海に面している」という特性があると思います。海に市場が面している、いわば「魚河岸性」というべき性質を、新しく設計し直すことはできるだろうか、という想いもあります。

森山 市場の海側をどう活用するか、ということですね。現在、海側には駐車場や荷さばきスペースがあり、一般の人は入れませんが、最終的にはそこに場内の飲食店などを集めてウォーターフロントエリアを整備し、今とは逆に観光客が集まる場所にできればいいんじゃないでしょうか。

中沢 なるほど。

森山 見学コースもちゃんと設定して、帰りは海側の飲食店で食べて帰ってもらう。お店からは海も見えるようにする。確かに中沢先生がおっしゃるように「海に面している」ということは大事ですね。ここまでが陸地で、ここからが海という、その境界を感じられるというか…。本来、日本人には「海に囲まれている」という潜在意識があるはずですが、東京に住んでいると、なかなか実感がわきませんよね。

改修にかかる費用は……

中沢 築地市場の改修が、そうした感覚を呼び覚ますきっかけになればいいですね。日本橋~深川エリアに関しても、水路を再整備して船が通れるようになればと思います。日本文化が海と深い関係を持っていることを感じさせ、またそれを利用し表現できる空間に、築地が生まれ変わってくれれば素晴らしいですね。

ただし、大規模な改修・再整備を行うとなると、やはり最終的には費用の問題が出てきます。改修のための費用は、どれくらいになると見積もっていますか。

森山 市場の中核部の改修に関しては、以前計画された建て替えプランの費用試算が参考になります。全面再開発が計画されたときは2000億円以上かかるとか、市場内だけの場合は千数百億円かかるとされていましたが、当時と比べて工事の内容を大幅にコンパクト化する前提ですから、およそ6割くらいの金額で可能だと思います。

しかも建物の構造体再生、つまり単なるリフォームではなく、現在の法律や構造基準に合うように補強しながら工事をする場合、新築に比べてさらに6〜7割の費用で抑えられます。6掛けの6掛けと考えた場合、700億円程度と想定できます。

もちろん、朝日新聞社屋側のエリアを高層ビル化するといったような話になれば、それはそれで費用がかかりますが、市場単体では少なくとも1000億円は行かないだろうと思いますね。

中沢 豊洲市場をもし売却できれば、どうなるでしょう。

森山 豊洲市場は土地の値段がだいたい3000億円、建物の費用が2千数百億で、しめて約6000億円かかっている。新古物件として半額になったとすると、建物は1000億円。用途にもよりますが、土壌汚染対策費用は買い主側が負担するとして、その分を土地の価格から引くと、土地の金額は2000億円弱ぐらいに下がります。売却金額の目安は3000億円前後ではないでしょうか。

ウルトラCがあるとすれば、豊洲の土地の容積率を上げる。「高層マンションを建ててもいい」というルールに変えてしまえば、マンションが建てられますから、手を挙げるデベロッパーはいるはずです。ちなみに、容積率の変更は東京都が決められます。

豊洲市場を使うとしても、汚染対策などの追加費用が1000億円ほどかかる。それならば、そのお金は築地改修のために使い、豊洲は売却すれば、そこそこで損切りできるということですね。

新国立の二の舞にするな

中沢 それに加えて、冒頭で触れたような目に見えない文化的価値、観光的価値を勘案すると、築地を改修したほうがはるかに賢い選択だという結論に至ると思います。

森山 そうですね。私たちの次の世代にも、築地市場をもう一度渡せるということが大切です。今ここで潰してしまったら、もう終わりですから。

思い出したのですが、築地市場には波除神社(なみよけじんじゃ)という神社があります。江戸時代に築地の埋立て工事がうまくいかなくて大変なとき、沖から観音像が流れ着いたという伝説がある。ここは歌舞伎と関係が深い神社ですよね。

中沢 歌舞伎十八番のひとつに『助六』がありますが、市川團十郎が助六を演じる前には、いまでも必ず魚河岸と波除神社に行って挨拶をするというくらい重要な神社です。歌舞伎、それから大相撲もですが、こうした文化も魚河岸とのつながりが非常に深い。この事実を考えてみても、築地市場の歴史を断ち切ってしまうことの損失は計り知れません。

森山 落語の中にも「河岸」が出てくる話がたくさんあります。日本橋から築地に受け継がれているから、今はまだ「魚河岸」という言葉も通じますが、豊洲になるとそれも切れてしまうでしょう。豊洲市場を「豊洲魚河岸」とは呼べませんからね。

江戸文化が明治維新を乗り越え、関東大震災も太平洋戦争も乗り越えて、今も築地に生き残っている。これは奇蹟のようなことだと思います。

中沢 しかもその中に、世界でも類稀な古い市場空間が保存されているわけです。築地市場は記念建築であり、博物館でもあり、今も生きて使われている市場でもある。

国立競技場は取り壊されてしまいましたが、築地については今度こそ、間違った選択をしたくないですね。

森山 国立競技場も、壊しさえしなければいろんな選択肢があったはずです。太平洋戦争のときもそうでしたが、日本人は「やるしかない」と言ってしまって後に引けなくなり、自分で選択肢を狭めてしまうところがあるような気がします。選択肢はたくさん持っておくべきなのに。

中沢 巨大な戦艦なんて作ってしまうと、もう引き返せませんから。

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