築地市場を「第二の新国立競技場」にしてはいけない

徹底議論・築地再生は可能か
中沢 新一, 森山 高至

知られざる築地の前史

中沢 築地市場の移転計画に関しては、浜渦(武生元東京都副知事)さんも発言していましたが、どうも青島幸男元都知事のころから豊洲に決まっていたといわれています。その当時は経済的な価値、流通機構改革という目標だけがあって、それに向かって進められていた。

豊洲の用地には、以前は東京ガスの施設があって、土壌に少なからず有害物質が含まれているということもわかっていた。それでも、都は移転を強行したわけですね。しかし今や、築地を更地にして豊洲に移転することは、政治的な意味でも、都民の民意から言っても、ほとんど不可能な状況になっていると思われます。となると、「築地改修」という選択肢が当然、存在感を増してきます。

すでに築地市場に関しては、いくつかの問題点が指摘されています。代表的なものが、「豊洲の土壌が汚染されているというが、築地の土壌にも有害物質がたくさん含まれているじゃないか」という意見ですが、私には正しい考え方とは思えません。

森山 そうですね。まず築地の土地には、豊洲と違って、土壌汚染対策が必要になるような前歴はありません。もともと築地には海軍省やその操練所が置かれていて、唯一考えられるリスクは、戦後にGHQが接収した際に作られたクリーニング施設だけです。クリーニングに使われた洗浄液が地面に浸透しているかもしれないので、土壌調査をする必要があります。しかし、それほど広範囲に、また地中深くまで浸透しているわけではないでしょう。

そもそも築地の土地は、5メートルも掘ればかなり固い地盤に当たります。築地が埋め立てられたのは江戸時代ですが、逆に言えば、当時の技術で埋め立てが可能だった遠浅の海の一部だということですから、地盤は非常にしっかりしています。こうした土地の物理的な特性を考えれば、豊洲と築地を同列にして語ることはできません。

 

中沢 江戸という街は埋め立てによって市街地を拡大してきましたが、築地が埋め立てられたのは比較的初期のことでした。

まず日本橋界隈が埋め立てられ、魚河岸ができた。当時「鉄砲洲」と呼ばれていた場所が現在の築地にあたりますが、この鉄砲洲まで埋立地を拡大したのは明暦の大火(1657年)のあとでした。江戸中が燃えてしまったために、幕府は埋め立て地を増やして街のさらなる拡大を図りました。

このとき、火事で出た大量の瓦礫を使って築地の埋め立てを行ったのが、佃島(現在の中央区佃周辺)に住んでいた漁民でした。彼らはもともと、徳川家康の知遇を得て海産物、とりわけ家康の好物だったといわれる白魚の専売権を手にし、日本橋魚河岸や佃島の造成を担った人々です。彼らは熱心な浄土真宗の信者でもありましたから、大火のあと本願寺が築地に引っ越してくることになったので、その用地を作ったわけです。

佃島漁民の埋め立て技術はかなりのものです。何しろ、佃島自体が埋め立てでつくられた土地ですから。しかも土砂の大半は、神田山をはじめ江戸各地のデコボコ地を削って持ってきたものなので、汚染の可能性はほとんど考えられません。

森山 少なくとも、土壌汚染対策法で問題になるような、産業廃棄物や化学物質が堆積しているということはありませんね。

「築地の汚染」は風評にすぎない

中沢 一方で、豊洲はどうでしょうか。今回、豊洲の形成過程が分かる地図を持ってきました。1923年の関東大震災のあと、震災の瓦礫を使って埋立地を拡大しようという計画が進行し始めます。これが1928年のことで、1930年になると、もう晴海ができてきます。豊洲市場から見て北側にあたる部分ですね。

終戦直後になると、人が住み始める。戦後には、ゴミを使った埋め立てがさらに進んで、今の豊洲エリアがほぼ完成してきます。ここに東京ガスが工場を作ったわけです。

こうした歴史を考えると、築地と豊洲の土地の組成は、まったく質が異なるし、同列に扱うことはできないと思います。

森山 豊洲周辺の海は水深が深くなっていますから、かなり掘らないと堅い地盤がないんですよね。豊洲市場の液状化が心配されているのはそのためです。

中沢先生が『アースダイバー』で書かれているように、土地にも歴史があって、ひとつひとつ成り立ちも特性も違います。しかも物理的な特性に加えて、文化的な特性もある。もちろん、豊洲には豊洲のいい部分があると思います。逆に言うと、「豊洲がダメと言うなら、築地もダメじゃないか」と言い始めると……。

中沢 「東京はみんなダメ」という結論になってしまいますね。

もうひとつ、「築地が汚染されている」という主張の根拠として、「1954年のビキニ環礁水爆実験で被爆したマグロが、築地に埋められている」というものがあります。約20トンのマグロが築地に搬入され、それを正面入り口の守衛室の近くに埋めたという記録も残っています(注・マグロの量については諸説ある)。

しかしその後、1990年代に都営大江戸線築地市場駅が開削されるとき、周辺を掘り直してみたそうですが、骨すら出て来ず、放射能計測器を使ってもまったく痕跡がないということが分かった。

私たちが子供の頃には、いったん埋められた被爆マグロを誰かが掘り出して、加工品、おそらく魚肉ソーセージにでもしたんじゃないか、という噂がまことしやかに流れていました。ただ、現在の非常に精度が高い計測器を使って調べても、放射能の痕跡はなく、本当に埋められたかどうかさえ分からないとなると、「築地は被爆マグロによって汚染されている」という主張は、風評だと言わざるをえません。

築地と豊洲を同列に論じることはまったくできないし、築地に重大な土壌汚染がある可能性も極めて小さい。そうすると、現在の築地市場を改修するという道が最も妥当だという結論に至ります。

森山 私もそう思います。