2023年・人件費高騰で、日本の企業が機能不全になる

恐るべき「未来の年表」を公開
河合 雅司 プロフィール

やせ細った若者が高齢者をかつぐ

若者3人が高齢者1人を支える「騎馬戦型社会」から、いずれマンツーマンで支えなければならない「肩車型社会」へ転換するという譬え話がかつて盛んに語られた。だが、すでに「騎馬戦」は成り立たず、もはや2.3人で1人を支えている状況にある。

2065年の生産年齢人口は4529万人と現在の約60%ほどに減る一方、高齢化率は40%近くにまで増える(社人研の推計)。いよいよ「肩車型社会」が現実味を帯びてきた。

この問題の本質は、支え手の数が減ることだけにあるのではない。「肩車」の上に乗る高齢者の“体重”がずしりとのしかかるのである。高齢者の総数が増えるぶん、年金や医療・介護にかかる総費用も上昇する。

今後も高齢者は増加傾向にあるが、中でも同じ調子で増え続けるのは75歳以上だ。75歳を超えると大病を患う人が増え、1人あたりの医療費が、74歳以下の5倍近くもかかるというデータもある。これは、若者が高齢者を支える仕組みの社会保障制度にとって悪夢だ。

 

政府の試算によれば、社会保障給付費は2015年度は120兆円ほどだが、2025年度には約149兆円に膨らむ。高齢者数がピークを迎える2040年代初頭にはさらに大きくなることだろう。

一方、「肩車」を下支えする若者はといえば、人数が激減するだけでも大変なのに、その足腰は弱い。非正規労働者が増大し、就職できずに親の支援を受けている人は珍しくなく、親が亡くなった途端、生活保護という人もいる。

「肩車型社会」というのは、やせ細った若者が顔を真っ赤にして丸々と太った高齢者をかつぎあげている姿なのである。

国の予算のうち社会保障はすでに30%を占める。世界で最も速いペースで少子高齢化が進む日本にとって、国民の隅々にまで目配りして社会保障の充実を図っていくことなど無理な注文だということが分かるだろう。

「行財政の無駄を徹底的に削ればよい」とか、「経済成長すれば税収も増え、財源は確保できる」といった意見もあるが、行財政改革だけでは毎年1兆円近くも伸びる社会保障費を賄うだけの財源はとても捻出できない。

政府が追い求めるような、社会保障サービスを充実させながら、負担はある程度までで抑える「中福祉中負担」は幻想にすぎない。それなりの社会保障の水準を求めるのならば、「超高負担」を受け入れなければならないし、あまり負担したくないのであれば「低福祉」で我慢しなければならないということだ。

社会保障サービスの縮小も、増税などの負担増も、経済成長も行政改革も、すべて同時にやらなければならないというところまで日本は追い詰められているのである。