沖縄で「暴走族のパシリ」になる

調べる社会と調べ方の出会い
打越 正行 プロフィール

このように、沖縄の暴走族、ヤンキーの若者、そしてその多くが就く建築業では、先輩と後輩の強い関係が存在する。

そしてこれは、沖縄の文化に由来するものではないということがわかってきた。

沖縄の建築業が内地のゼネコンに収益を吸い上げられる過程で、それでも生き残るためにできあがったものである。

建築会社は地元の後輩を積極的に囲い込む必要があった。ゆえに後輩が刑務所に行こうが、少年院出のやんちゃな若者であろうが雇った。雇う側も雇われる側も、お互いを利用しているのだ(※1)。

そして、私のパシリになるという取材の方法(※2)も、このような上下関係を基軸とする集団を調べる際に適合的であった。

カラオケで先輩たち(といっても私より年下だが)がいつも歌っている曲を予約し、飲み屋に行ってお気に入りの銘柄の泡盛を先輩の酔っ払った程度に合わせてつくり、いつもの下ネタで場を盛り上げる。

これは私が中学時代から身につけてきた技術であるという意味では、「職人芸」かもしれない。

沖縄の暴走族、ヤンキーの若者たちに対して、公式なものや中立的なアプローチだと、取材はうまく進まなかっただろう。

ただし取材の方法が取材対象の社会の仕組みとマッチするものであったという点では、どの取材でも誰でもがやっているアプローチ法といえる。

要するに、沖縄の暴走族、ヤンキーの若者を取材するには、パシリになるという方法が適合的であり、それは同時に私の身体性と適合的であったということなのだ。

結果として、対象社会と私の身体性はうまくあわさったので、10年といわず、あと20年、30年と追いかけていこうと思う。

 
※1 このように、沖縄の共同体のあり方は、固有の文化にもとづくものではなく、特定の階層や業界で形成される世俗的なものである。詳しくは、以下を参照して欲しい。
岸政彦・打越正行・上原健太郎・上間陽子、2017(予定)、『階層と共同体の社会学(仮)』ナカニシヤ出版.
※2 暴走族のパシリになるという、私の調査方法の具体的な紹介は、以下を参照して欲しい。
打越正行、2016、「暴走族のパシリになる――『分厚い記述』から『隙のある調査者による記述』へ」木下衆・朴沙羅・前田拓也・秋谷直矩編著『最強の社会調査入門』ナカニシヤ出版,86-99.