マゾヒズムのモーム、パロディのコンラッド…大作家の新たな魅力

若き日の耽読を振り返って
中島 丈博 プロフィール

口承文学の伝統

コンラッド 人と文学』(武田ちあき著)は重厚さ、深刻さ、壮大さばかりを強調されるコンラッド作品を「当時の多様な言説を茶化したパロディ小説を成している」として「笑える作家・愉快な噺家」としての作家像を打ち建てようと試みている。

コンラッド

昭和初めの新潮社版世界文学全集に収録されていた「明日」は小味の効いた短編で、魅了された。

引退した老船長は、盲目の父の世話に明け暮れる隣家の不幸な娘に、出奔した息子が帰ってきたら結婚させてやると言い含め、娘もその気になって待っている。

息子は帰ってくるが、博打ですって金の無心にきただけであって父親と暮らす気などはなく、娘から金を巻き上げると「ありがとうよ」とキスして風のように去って行く。

 

著者によると『イノック・アーデン』などビクトリア朝に流行した「船乗りの帰郷を待つ妻」もののパロディになっているということだ。

古くはキャロル・リード監督『文化果つるところ』など、コンラッド作品の多くが世界各国で映画化され、コッポラ監督の『地獄の黙示録』も原作は『闇の奥』とされる。

それにしても持って回った大仰な文体の晦渋さはモームの明快さと対極をなしている。

生国ポーランドの語り部としての口承文学の伝統が根幹にあるとする著者の指摘に納得しつつ、若き日の読書を懐旧した。

週刊現代』2017年7月1日号より