なぜ世界中で「リベラル改革」が困難を極めているのか

ロシア革命100周年、重大な教訓
塩川 伸明 プロフィール

ロシア革命とスターリン体制

次に、ロシア革命とスターリン体制の関係という問題について考えてみよう。

巨視的にいえば、ロシア革命が生み出したのはソ連型の社会主義体制およびその頂点としてのスターリン体制だったということは明らかである。だが、それは一直線の過程ではなく、様々な曲折を含んだ過程だった。

である以上、これらを切り離すのでもなければ、単純に等号で結ぶのでもなく、あの体制はどのようにして成立したのかを具体的な歴史過程に即して考える必要がある。

ここで大きいのが、革命とその後の体制成立の相互関係、人格的に象徴していえばレーニンとスターリンの間の「連続性/非連続性」という問題である。

この問題をめぐっては膨大な議論があるが、それをいま蒸し返すつもりはない。連続論と非連続論のどちらが正しいのかと問うのではなく、そうした論争が重ねられてきたことの意味を考え直してみたい。

 

歴史において連続性と非連続性の両面があるのはある意味で当たり前の話だが、そのうちのどちらを重視するかは論者の歴史観・価値観と関わる。

ロシア革命とスターリン体制の間の連続性を強調する立場に立つなら、ロシア革命は進歩の里程標などではなく、むしろ悲劇の出発点ということになる。これは近年とみに有力になっている見方であり、社会主義の全否定論に通じる。

他方、非連続性を重視するなら、スターリン体制は必ずしもロシア革命あるいは社会主義の必然的所産ではないということになる。

一見したところ、この二つの見方は鋭角的に対立するようにみえる。だが、連続/非連続の両面を認めた上での力点の違いと考えるならば、両者は必ずしも相互に排除しあうわけではなく、相互補完的に見ることもできる。

歴史過程に即していうなら、レーニンとスターリン、社会主義とテロル(恐怖政治)を一直線に結びつける発想には性急なところがあり、歴史の曲折を無視することになる。である以上、とりあえず革命とその後の体制成立を分けて考えてみることにはそれなりの意味がある。

しかし、だからといって、非スターリン的な、よりよい社会主義が可能だったと言えるかというと、これは別の問題である。

スターリンのもとで起きた個々の現象は必ずしも社会主義の必然的所産でなかったとしても、それを生み出しやすい傾向性はもとから潜在していたのではないかとか、広い意味でそれに類似する特徴はやはり社会主義の必然的随伴物ではなかったかなどと考えることもできるからである。

この問題は、スターリン後のソ連・東欧諸国における変化および各種の改革論をどう考えるかという論点につながる。