北朝鮮は米国に対する「相互抑止」を確立しつつある

北の軍事能力をいま一度冷静に分析する
阿久津 博康 プロフィール

そして日本はますます脆弱に

では、こうした限定的相互抑止状態の継続は、日本にとってどのような意味を持つのであろうか。朝鮮半島で軍事衝突が起きず、したがって朝鮮半島にいる日本人に被害が及ばないという意味では、肯定的な意味を持つと言えよう。

だが、北朝鮮は核兵器開発そのものに加え、すでに述べたように、その運搬手段である弾道ミサイル開発に特に注力してきた。スカッドERはすでに日本の防空識別圏(ADIZ)や排他的経済水域(EEZ)を脅かし、ノドンは核弾頭が搭載されていなくても着弾の仕方によっては日本に実害を及ぼしかねない。EEZ内に着弾する場合には、操業中の漁船や上空を飛行する航空機などの安全が危ぶまれる。

 

米国防総省が公表している、北朝鮮の軍事・安全保障に関する年次報告書によれば、北朝鮮はノドン用の移動発射台をすでに50台程度保有している。ノドンがこれらの発射台から連続的または同時にさまざまな地点から発射され、しかも同一地点が狙われれば、弾道ミサイル防衛システムの現有能力では対応しきれないというリスクも高まる。

さらに、北朝鮮が日本に対しても核の先制攻撃をする意図を表明している以上、北朝鮮が核弾頭を搭載する中距離弾道ミサイルで在日米軍基地、そして日本を直接の標的として攻撃できるということである。北朝鮮は「ソウルを火の海」にできるだけでなく、日本にも弾道ミサイルを着弾させることができるのである。

北朝鮮の脅威は、日本にとってすでに「差し迫った脅威」(『防衛白書』)となっている。このような状況でも、日米同盟とそれに基づく米国の拡大抑止能力が維持される限り、日本は安全である、と思う人は多いであろう。

しかし、はたしてそうした認識でよいのだろうか。現状が続けば、北朝鮮の日本に対する抑止力は向上し続けることは明らかである。つまり、問題は、北朝鮮の対日攻撃能力が、日本の対応能力の強化よりもはるかに早い速度で進めば、いくら朝鮮半島の限定的相互抑止状態が維持されても、日本は北朝鮮の脅威に対しますます脆弱になることになる、ということである。

さらに、日米同盟が何らかの原因で機能不全に陥るという事態が加われば、状況は一層深刻なものとなる。こうした意味では、朝鮮半島の限定的相互抑止状態は、日本にとって極めて悩ましいものになりつつあると言えよう。

新たな長期戦を覚悟せよ

北朝鮮の核・ミサイル開発は、意図においても能力においても、もはや後戻りできない段階に達している。北朝鮮が核保有国としての立場を放棄する兆候は全く見られず、そうである限り北朝鮮に対話や交渉を迫ることはほぼ不可能ということになる。対話を行うことはできても、それは対話のための対話で終わる可能性が高い。

また、北朝鮮の核開発を中心とした軍事力強化の動きは、国際的な各種制裁措置により速度が低下する可能性は否定できないが、金正恩体制が続く限り、これまでと同様に向上していくであろう。さらに、北朝鮮はこれまで同様、対中関係や対露関係が悪化する状況にあっても巧みに財政的活路を見出し、核開発を中心とする軍事力強化は続けるであろう。

さらに、北朝鮮の脅威は生物化学兵器、そしてサイバー能力の次元にも拡大しており、もはやハイブリッド型となっている。こうした多次元での能力が複合的に使用される場合、北朝鮮の脅威への対応は一層厄介になる。

しかし、戦争は不可、実りある対話も困難となれば、残るは睨み合いしかない。その場合、北朝鮮に対する強度の圧力を、軍事・経済金融・外交等の多次元で相当の期間維持しなければならない。それは、新たな長期戦を意味する。

であるとすれば、日本としては、ミサイル防衛システムの強化を含む日米同盟強化とともに、独自の防衛能力の強化にも一層注力することにより、北朝鮮との新たな長期戦を乗り切なればならない。