北朝鮮は米国に対する「相互抑止」を確立しつつある

北の軍事能力をいま一度冷静に分析する
阿久津 博康 プロフィール

限定的「相互抑止」状態は強化された

朝鮮戦争以来、朝鮮半島で大規模な戦争が起きなかったことには理由がある。理由、というよりは、むしろ構造と言った方がよいかもしれない。

1993~94年の第1次朝鮮半島核危機では、非武装地帯(DMZ)の北方に配置されている多数のロケット砲等により、ソウルが火の海になる危険があった。

この危機は、米国の偵察衛星が北朝鮮にある2ケ所の核施設を捉えたことを契機に惹起された。米国は当初、これらの核施設を爆撃して北朝鮮の核開発を止めようとした。しかし、その場合、DMZ北方にある北朝鮮の多連装ロケット砲や長射程砲により、ソウルの他、DMZとソウルの間に控えている米陸軍第2歩兵師団が砲撃を受け、その被害が膨大になることが予想された。

この際、朝鮮半島には限定的な相互抑止状態が存在することが明らかになったのである。これが米朝の全面戦争を抑制する構造的要因なのである。

 

ただし、この相互抑止状態は、朝鮮半島で周辺大国を巻き込んだ全面戦争が生じないという意味での相互抑止状態であり、北朝鮮の韓国に対する小・中規模の軍事的挑発行動が抑止されるということではない。むしろ、全面戦争が抑止されているからこそ、小・中規模の軍事紛争が生じやすいという「安定・不安定パラドクス」状態にある。

この第1次核危機では、結局、1994年6月のカーター元米大統領の訪朝を経て、同年10月の米朝枠組合意により、北朝鮮の核開発計画は凍結されることとなった。この合意に基づき、1995年3月に朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)が設立され、北朝鮮に対する軽水炉提供事業が始まったのである。

しかし、2002年10月、米朝会談の席で北朝鮮側が米国のケリー国務省東アジア担当次官補に対して濃縮ウラン計画の存在を認めた。これにより北朝鮮がプルトニウム型核兵器計画凍結の約束の裏で秘密裏にウラン型核兵器開発を進めていたことが明らかになった。これが第2次核危機と呼ばれるものである。

それでも、この時も限定的相互抑止状態が再確認され、結局、米朝の軍事衝突という事態は起きなかった。その結果、北朝鮮は2003年1月に不拡散条約脱退を宣言し、同年2月に5MWの原子炉を再稼働した。

その後、中国が北朝鮮の核開発凍結に積極的に動いたことにより、2003年8月、米国、北朝鮮、韓国、中国、ロシア、そして日本による六者会合が開始した。しかし、北朝鮮は2005年2月に六者会合無期限中断と核兵器製造を一方的に表明し、同年5月には5MWの原子炉から約8000本の使用済み核燃料棒抽出を終了し、7月に原子炉建設を再開した。

再び中国の奔走により、同年9月19日には包括的な共同声明が発出され、北朝鮮は「すべての核兵器及び既存の核計画の放棄」に合意した。これにより核問題は落ち着くかに見えた。

しかし、北朝鮮は2006年10月9日、初の核実験を実施し、それ以来、弾道ミサイル開発とともに核開発を継続し、16年には4回および5回目の核実験を実施した。17年1月1日には、大陸間弾道ミサイル(ICBM)試射準備が最終段階であることを金正恩自身が表明し、同年同月米国でトランプ政権が発足した後も、弾道ミサイル発射を続け、米国に対する対決姿勢を強めている。

2017年に入り、北朝鮮は20発のミサイルを発射してきた。2月、3月、4月は失敗、5月14日以降は毎週1発というペースである。2017年4月15日の閲兵式では各種新型兵器が披露された。そして5月に入り、米国は北朝鮮に対する軍事圧力を強化すべく空母2隻を朝鮮半島近海へ派遣し、海上自衛隊との共同訓練に従事した。6月の本稿執筆段階で、空母は1隻となったが、軍事圧力を高いレベルで維持している。

もっとも、米国の高官たちは「金正恩を屈服させるのではなく目を覚まさせることが目的である」「戦争になれば破滅的だ」と述べるほか、北朝鮮に対する中国の経済制裁の効果がより顕著になる前に「厳しい条件下での直接対話を排除しない」と発言するなど、軍事力行使の可能性が低いことを示唆している。

その背景には、やはり限定的相互抑止状態の存在がある。しかも、この四半世紀の間に、米韓軍の防衛能力も向上したが、同時に北朝鮮の軍事能力は格段に向上しており、相互抑止状態は強化されていると言えよう。

おそらく、北朝鮮は、こうした状況を認識し、米国から軍事攻撃を受ける可能性は低いと判断しているのであろう。このことは、北朝鮮が2016年10月に米韓合同軍事演習の終了に合わせるかのようにミサイル発射を再開したのと同様に、17年6月8日、米国が朝鮮半島近海で空母2隻態勢を1隻態勢にするのに合わせる形で地対艦巡航ミサイルを4発発射したことからも読み取れる。

なお、ここで述べた朝鮮半島の限定的相互抑止状態は、中国とロシアにとっても好都合である。なぜなら、中国からすれば、いくら中朝関係が悪化したとは言え、在韓米軍に対する緩衝地帯(バッファーゾーン)である北朝鮮が存続することになるし、北朝鮮の体制崩壊による大量難民の流入もない。

他方、ロシアからすれば、ほぼ現状が維持できれば、体制崩壊による難民流入はないし、将来、中国が統一された朝鮮半島に対し独占的な影響力を持つという事態を回避し続けることができるからである。