北朝鮮は米国に対する「相互抑止」を確立しつつある

北の軍事能力をいま一度冷静に分析する
阿久津 博康 プロフィール

格段に高まった北朝鮮の軍事的脅威

通常、脅威を評価する場合、意図と能力に分けて検討する。まず能力だが、確実に向上している。

北朝鮮はこれまで5回の核実験を行ったが、最近の3回は金正恩体制の下で行われた。また、金正日時代の17年間に発射された弾道ミサイルが計16発であったのに対し、金正恩体制成立5年目の2016年の2月には、すでにその2倍以上の計34発が発射された。

しかも、核実験での爆発威力は最大でTNT換算12キロトンにまで増大し、ミサイルの種類も多様化し、射程距離は伸び続け、精度も向上している。特にミサイルについては、トクサ、スカッド・シリーズ、中距離弾道ミサイルであるノドンやムスダン、長距離弾道ミサイルであるテポドン・シリーズ、KN08やその改良型であるKN14、そして潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)の開発に努力してきた。

現在、北朝鮮は米国東海岸に届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)の試射準備の終了を急いでいる。また、移動式発射台の性能は向上し、台数も増加している。SLBMの能力がより本格化すれば、残存性も向上することになる。

 

次に意図だが、これも一層強まっており、それが覆ることはまず考えられない。

金正恩時代に特徴的なことは、核保有国としての立場の既成事実化が一層顕著に行われていることである。特に、北朝鮮の2013年2月12日の3回目の核実験後にその動きは加速化した。

冒頭で紹介したように、北朝鮮は新たな「並進路線」を採択した他、2013年4月1日には、最高人民会議(立法機関)法令として「自衛的核保有国の地位を一層強化することに関する法」を採択した。

同法には、消極的安全保障、核兵器使用に関する朝鮮人民軍最高司令官の命令、核兵器の先行不使用の原則、核兵器と核物質に関する安全管理に関する規定等が含まれており、北朝鮮が初めて公開した事実上の平時の核ドクトリンと見なすことができる。これは宣言政策として初歩的なものだが、将来はより本格的な戦時の核ドクトリンへと発展するかもしれない。

また、こうした宣言政策に加え、北朝鮮は高濃縮ウラン使用を含む核兵器の「多様化」を追求していることを示唆するなど、核能力をより実質的なものとする動きも見せている。さらに、核弾頭の小型化・軽量化についても、北朝鮮は能力を高めていると公言している。

さらに、核開発に代表される北朝鮮の軍事技術向上の動きは、北朝鮮の科学技術向上の動きとも並行して進展している。北朝鮮の弾道ミサイル技術と宇宙ロケット技術との間には技術的差異はなく、後者の向上は前者の向上につながり、北朝鮮による人工衛星や宇宙技術の向上は、北朝鮮の軍事力のハイテク化につながる。

特に宇宙技術については、最高人民会議は、2013年4月1日、「宇宙開発法」と宇宙開発局設置に関する法令を採択し、同局を「堂々たる人工地球衛星の製造と発射」と位置付け、こうした技術開発を制度化した。

こうして、金正恩体制の北朝鮮は、並進路線の下でさらに核保有国としての立場を強化して、対米核抑止能力の技術的向上に邁進してきたのである。

生物・化学兵器及びサイバー脅威

北朝鮮の軍事的脅威は、通常兵器や核・ミサイルに止まらない。生物・化学兵器の脅威もある。化学兵器については1960年代から、生物兵器については1980年代から開発が進められていることが知られている。2002年には、当時の米国のブッシュ政権の高官が、北朝鮮は生物・化学兵器を実戦配備する危険がある、と警鐘を鳴らしたことがある。

最近では、2017年2月、金正恩の異母兄弟である金正男がマレーシアのクアラルンプール国際空港でVXガスと見られる猛毒神経剤により殺害されるという事案が起きた。北朝鮮はこの件への関与を否定しているが、北朝鮮による犯行である可能性は極めて高い。

また、サイバー攻撃能力も向上している。「180部隊」と呼ばれる専門の特殊部隊が存在することが知られている。2009年ごろから韓国の金融機関や報道機関、そして最近では原子力発電所や地下鉄等の社会インフラに対するサイバー攻撃を頻繁に行なっている。さらに、北朝鮮のハッカー集団「ラザルス」がランサムウエアにより150の国家や地域で30万台以上のコンピューターに被害を与えた疑いが持たれている。

その他「ラザルス」は、16年にバングラデシュ中央銀行の口座がハッキングされ8100万ドルが盗まれた事件、そして14年のソニー・ピクチャーズへのサイバー攻撃にかかわった可能性も指摘されている。北朝鮮のサイバー攻撃は、外貨獲得も目的としており、こうして集められた資金が核・ミサイル開発に使われている可能性が高い。