若者が爆発的に増えると、なぜ国や社会は「甚大な危機」に陥るのか

<道徳感情>で激動の世界を読み解く【3】
管賀 江留郎 プロフィール

人が人を殺す動機とは

さて、「同じ種を殺す動物は人間だけ」という間違った説をコンラート・ローレンツが一昔前に広めましたが、研究が進んで最新の動物行動学では完全に否定されるようになりました。

しかし、動物が同種を殺すのはエサや縄張り、配偶者や群れ内の地位の獲得、あるいは自分の子孫をより多く残す目的の子殺しなど、直接的な利益のためです。

<評判>などという間接的で観念的な代物のための殺し合いは観察されていません。評判は言葉が使えないと交換できないのですから、当然ではあります。

人間の場合、自分の子孫を多く残す目的の子殺しが殺人の何割かを占めますが、残りはすべて評判のための殺人と云っても過言ではありません。

人間同士も地位や財産、女を奪い合って殺し合ってるじゃないかと仰る方もいるかもしれません。けど、じっくり観察してみていただければ、「このまま負けては面目がつぶれる」という、結局は評判のための殺人であることが多いと気づくはずです。怨恨や復讐も、評判を取り戻すためという真の動機が隠されています。

殺人そのものを楽しんでいるように見える快楽殺人者が、マスコミに犯行声明を出したりするのも世間の注目を浴びたいからで、つまりは評判を得るために殺人を犯しているのです。

レイプ殺人も、騒がれて犯行がバレると困るという、評判が落ちることを恐れたものがほとんどです。強盗殺人でさえ、うっかり顔を見られたのでしかたなくやったという、評判のための犯行がじつは多いのです。

動物もレイプやエサの強奪で強い抵抗に合ったため殺すことはあるんですが、世間にバレたら困るなどという評判を気にした罪悪感による殺害なんてあり得ません。

結局のところ、人間の殺人の動機は、評判は何よりも大切だという<道徳感情>から来るものがほとんどを占めるのです。評判が落ちると自分にとって致命傷になると考えるからこそ、逆襲されるリスクや刑罰を与えられるコストが大きいにも関わらず、人を殺そうとするわけです。評判を気にしない者は、こんな無意味な殺人をやるはずがありません。

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とくに若い男は、配偶者獲得の欲求が強いですから、他の世代より評判が切実な問題となります。そのために、ケンカや殺人を犯す危険が高いのです。若者人口の突出であるユースバルジが社会に危機をもたらす根本理由がここにあります。

ベビーブーマーの男たちが激しい競争を勝ち抜いて大学を目指したのも、自分の評判を高めて配偶者獲得を有利にしようとしたためです。しかし、その努力に見合うだけの地位や待遇、つまりは評判が得られないとなると怒りが爆発することになる。

頭がからっぽなら、この怒りは酒場のケンカに発揮されるくらいで済みます。肩がぶつかったとか、目が合ったとか、くだらない理由でケンカして、あげくは殺人まで発展することもあります。

彼らにとっては自分の評判を護るという、<道徳感情>に根ざした人間の本質に関わる切実な行動ではあるのです。そうして、そこで人を殺すとしても、せいぜいひとりやふたりでしょう。

しかしこれが、へたに大学に行って勉強なんかをすると、<間接互恵性>を維持する<道徳感情>のためにある因果推察能力が高められてしまいます。深い階層まで、あるいはそもそも因果が存在しないところまで因果を見出だすようになって、抽象的な理論や陰謀論に囚われる。

つまり、<システムの人>になって、美しい計画で大勢の人を死に追いやることになるのです。イスラムのテロリストに裕福な家庭出身の高学歴者が多いことを驚く人がいますが、そうでなければ<システムの人>にはなかなかなれないのですから、これは当然のことなのです。

ですから、イスラム国が大帝国復活のような壮大なる計画を打ち出して、彼らが命を懸けることにより歴史に貢献して評判を得られると思わせ、また一方で天国に行って72人の処女とセックスできるという高邁なる理想からは懸け離れたような即物的欲望に訴えかけ、もっと直接的に女性を大量に拉致して戦士と無理やり結婚させたりするのは、<システムの人>、配偶者獲得欲求、ユースバルジなどが絡み合った若者の<道徳感情>を揺り動かす戦略として、乱暴ながらもじつに理に適っているわけです。

対する欧米や既存のイスラム諸国は、<道徳感情>に反するようなことばかりをやらかして、不満を持つ若者たちを敵側に送り込んでいます。さらには、暴力を抑え込む統治機構であるリヴァイアサンまで破壊して、彼らの行動を助けることまでやっているのです。

強権を使って国内の反乱を抑えつけていたフセインをわざわざ取り除いたために、イスラム国は拠点を獲得することに成功しました。さらにシリアでは、欧米やサウジ、カタール、トルコなどが反体制派を支援したため内戦が激化して権力の空白地帯を生み、イスラム国は領土を拡大して国家と呼んでもいいような規模になってしまいました。

実体のある若者の<道徳感情>刺激と、強力な国家であるリヴァイアサンの喪失という、1968年の先進国とは違う事態がイスラム国勃興の原動力ではあります。

なお、盤石だと思われていたリビアのカダフィ政権やエジプトのムバラク政権が<アラブの春>であっさり崩壊したように、リヴァイアサンというのはたんなる強権的な政府という意味ではありません。<道徳感情>爆発が本当に広まると、そんなものではとても抑えられなくなります。リヴァイアサンというのは、人間の感情がもたらす秩序のことなのです。

ですから、イスラム国も欧米の強大なる軍事力で一時的に壊滅させたとしても、根本的な問題であるユースバルジと<道徳感情>爆発が根絶されない限りは抑えきれずに、何度でもまた噴出することになるでしょう。

なお、このイラクやシリアのリヴァイアサンの喪失にも<道徳感情>が関わっています。ケンカや殺人と同じく、戦争も資源や領土の獲得のためではなく、バカにされて黙っていては面子がつぶれるという、結局は評判のために起きることが多いのです。

9.11で<道徳感情>を強く刺激されたアメリカが、イラクに攻め込んだのはその典型です。<道徳感情>による認知バイアスの錯誤で、テロを無くそうとしてテロの拡大を招いてしまったのでした。

戦争が資源や領土の獲得のため起きるものと思っているのは、殺人が金品を奪うために起きると思っているのと同じく、認知バイアスによる因果錯誤、つまりはたんなる幻想に過ぎません。

国家同士の対立も<道徳感情>を元に分析しないと、思わぬ結果をもたらすことになります。人間の行動はすべて、<道徳感情>によって突き動かされるものなのです。