若者が爆発的に増えると、なぜ国や社会は「甚大な危機」に陥るのか

<道徳感情>で激動の世界を読み解く【3】
管賀 江留郎 プロフィール

イスラム国はなぜ生まれたか

<テルアビブ空港乱射事件>のころのアラブは、若者人口がそれほど多くはありませんでした。

ところが、翌年のオイルショックから石油価格が高騰したため一挙に経済成長を遂げ、乳幼児死亡率が下がり、20年後にはかつての欧米や日本と同じくユースバルジが発生することになります。

しかも、先進国ほどは出生率が下がらなかったため、ユースバルジの状態が長期に渡って続いています。

さらには、豊かになったため大学生が増えたんですが、石油に依存したいびつな経済成長では大卒にふさわしい仕事がほとんどなく、この大量の若者たちが強い不満を抱えています。1968年のヨーロッパや日本のようなバーチャルな不平ではなく、実態がある<道徳感情>爆発です。

このユースバルジと<道徳感情>への強力な刺激が、アルカイダや<アラブの春>、そしてイスラム国の原動力なのです。

〔PHOTO〕gettyimages

ですから、イスラム教がテロを生み出すのではなく、<道徳感情>に突き動かされて<システムの人>になってしまった厄介な連中が、幾何学的な美しい計画を渇望し、体系化された理論であるイスラム教に飛びついただけなのです。

手近にそういう理論がなければ、マルクス主義でもナチズムでも武士道でも、あるいはシオニズムでも、なんでもよそから持ってきて、自分たちの行動原理にしていたことでしょう。

イスラム教だって、自分たちの都合のいい部分だけを取り出して活用しているに過ぎません。イスラム教では自殺が禁じられていて地獄に堕ちるはずなのに、自爆テロを実行すると天国に行けて72人の処女とセックスできるなんて話を広めているのは、その最たるものですが。

ただ、やはりそれぞれの民族にとって最も惹き付けられる物語というものはあります。イスラム国は、マホメットの子孫であるカリフが統治するイスラム帝国の復活を唱えています。アラビア半島やアフリカだけではなく、かつて支配したスペインからウイグルに至る広大な領土を取り戻して統一国家を樹立しようというのです。

小難しいイスラムの教義には通じていない一般のアラブ人にも、これは判りやすいイメージです。単純に心躍る偉大なる目標を与えられただけでも自尊心が満たされます。

また、格差を拡大させて自分たちを苦境に追い込んでいる腐敗したイスラム諸国を打倒する根拠にもなります。カリフ制ではないそれら既存の国は、イスラムにとって正当性のないニセモノの国家ということになるからです。

しかも、短期間でかなりの領土を占領して実際の国家を樹立してしまったのですから、幾何学的な美しい計画に信憑性が生れました。自分の境遇に不満を持つ若者たちが続々と参加するわけです。

若者の配偶者獲得競争

そもそも、大卒の若者がエリートにふさわしい地位と待遇を何故ここまで求めるのでしょうか。それは、生物の配偶者獲得競争と関係があったりするのです。世界中どこでも、20代の殺人率が、他の世代と比べて突出して高いことにもそれは表れています。

ほとんどの生物のオスは、メスを獲得するため他のオスと闘います。発情期に、シカが大きな角をぶつけ合ったりするあれです。

しかし、人間の場合はちょっと違います。直接的に女を取り合うためのケンカや殺人はほとんど生じません。実際には、バカにされたからカッとしたというような、詰まらない理由でケンカをしたり人を殺したりする場合が多いのです。

しかし、バカにされて黙っていると自分の評判が下がり、評判が下がると致命傷になると思うからこそ殺したりするので、これは明らかに評判のためにやっていることです。

これまで繰り返し見てきたように、人類は生存率を上げるため、言葉による<評判>を媒介とした協力関係システム<間接互恵性>を進化の過程で身に着けました。だからこそ、評判を得ることが、何よりも大切なことなのです。

女が地位や名誉のある男、あるいはテレビに出ている有名人などを好むのは、ようするに評判の高さを求めているわけです。<間接互恵性>で優位な男を配偶者として子供を生むほうが繁殖率が高まり、自然淘汰が働くためだと思われます。他の生物のように闘いに強いオスを選ぶわけではないのです。

人間でも強い男はモテますが、それは強いと評判が上がるため。動物のように、強さが直接的な利益を生むわけではないのです。人間は金品を得るためのケンカや殺人をほとんどやらないことからも、それは証明されています。

どういうわけだか、殺人は金銭的な利益のために起きるのだろうという根強い誤解があるようです。実際には、殺人全体で金品を奪う目的のものは、現在の日本で3%前後。戦前でも、5%程度です。終戦直後は16%に跳ね上がりましたが、数年でまた5%程度に落ち着いています。犯罪統計を見れば、すぐに判ることです。

皆が飢えていた終戦直後でさえ、2割もありません。しかも、喰うに困っていない若者が遊ぶ金欲しさに殺す、無軌道ないわゆる<アプレ>による犯罪がほとんどでした。金ではなく、無茶苦茶をやって世間を騒がせること自体が目的のような出鱈目な犯罪ばかりです。

この時代も若者人口はユースバルジに近く、敗戦によって<道徳感情>が刺激された爆発現象のひとつではあります。

終戦時に二十歳だった三島由紀夫が、「私の同年代から強盗諸君の大多数が出ていることを私は誇りとする」(『重症者の兇器』)と23歳で記してますが、クーデター未遂と切腹はその時に刻み込まれた<道徳感情>を拭い去ることができないまま歳を重ねてしまったユースバルジ事件とも云えるでしょう。